
文部科学省が提唱したGIGAスクール構想に基づき、公立の高等学校において「一人一台端末」の整備が進められ、ICTを活用した教育が本格的に始まってから3年が経ちました。私はその初年度から授業にタブレットを積極的に導入し「教えない授業」を実践して来ました。その当時、福島の県立高校に勤務しており、生徒たちや同僚とともにMicrosoft Teams を使い、効果的な学習方法を模索しました。(導入の前年度まではマンガを描かせたり、動画を作成して生徒たちが教材に親しみやすいように工夫しました。)
令和5年度は別の県立高校(中堅進学校)で、タブレットを使い、Microsoft Teams やYouTube、そして「かっちゃんねる教育」を活用し、生徒が主体的に進学に必要な知識を習得できるよう指導しました。しかし、その学校ではタブレットやICT教育に馴染みが薄い教師や生徒が多く、授業での活用自体に多くの課題がありました。特に当時の2年生の生徒の中にはタブレットに馴染めず、紙での学習に強く固執する生徒もおり、結果的にタブレットと紙のノートを併用せざるを得ない状況となりました。しかし、それとは対照的に1年生はタブレット学習に積極的でした。
翌年、私は福島の私立高校(大学進学希望者も全体の半分ほどいる)に勤め、タブレットを用いた学習をさらに進化させようと試みましたが、この学校では新入生以外はタブレットを持っておらず、私が担当した特進の3年生はパソコン教室でGoogleクラスルームを使用する形になりました。予想以上にこの学校の生徒たちはパソコンやタブレットの操作に慣れ、一定の学習の成果が見られました。半年後、私は福島を離れ、愛知県の公立高校に勤めることになりました。
その学校(中堅進学校)ではMicrosoft Teamsを活用し、生徒により効果的な学習方法を試す機会を得ましたが、再び前述した福島の県立高校と同様の課題に直面しました。タブレット学習に不慣れな生徒が2年生に多く、反発や抵抗が少なからずありました。年度途中からICTを活用した教育を導入しましたが、1年生の成果(下のグラフ参照)は私の予想以上のものでした。令和6年度末に1、2年生対象に行ったアンケートではタブレット学習に対する(1年生の)肯定的な意見をたくさん見ることができました。


Teamsで単元ごとの理解度が明確に分かる
この3年間の経験を振り返り、「上記のような問題が、なぜどこの地域でも(特に中堅進学校で)起こるのか?また、この問題を防ぐ方法はあるのか?」という疑問を抱き、その対応策について、山梨大学の稲垣俊介先生に意見を求めました。稲垣先生からは「タブレット端末を活用されているからこそ直面される課題であり、その取り組みに真剣に向き合われている姿勢に深く感銘を受けております。」というコメントもいただきました。稲垣先生との対話から得られたことを以下にまとめます。
高校現場と大学研究者の対話から見るICT活用の課題と工夫
近年、ICT(情報通信技術)の教育現場での活用が注目されており、多くの学校がその可能性を模索しています。この記事では高校の先生(私)と大学の先生(稲垣先生)との対話から得られたICT活用の現状や課題、そして工夫について考察しています。
ICT活用の課題に直面する高校現場
高校の先生はICTを活用した授業に取り組んでいる中で、以下のような課題に直面しています。
- タブレット初心者の1年生への導入
中学校でタブレットを使用した経験がない生徒への基礎的な指導が必要になる。 - 使用経験の差がある生徒への対応
生徒たちはタブレット使用の習熟度が異なり、それに応じた授業運営が求められています。 - デジタル教科書の制限を超えた効果的な学び
デジタル教科書の制約を克服しながら、YouTubeなどを活用した学びの推進が必要です。
大学の先生からのアドバイス
上のような課題に対して、大学の先生(稲垣先生)は具体的かつ現実的な提案を示しました。
- 初心者対策
短いオリエンテーションを実施し、基本的なタブレット操作を段階的に教える(動画に記録)とともに、生徒同士が助け合えるグループワークを取り入れる。 - 使用経験の差への対応
全員に対して最低限のICT操作を復習する時間を(授業の導入時に)設け、習熟度に応じた課題(出来る生徒への対応)を出すことで個別対応を行う。 - YouTubeなどの活用
動画の視聴目的を明確にし、振り返りや小テストを設定。さらに要点をまとめることで学びを深める。
学校現場の抵抗感とその克服
また、高校の先生はICT活用授業において以下のような問題にも直面しています。
- 教員間の協力不足
ICTの利点を理解しているものの、研修や情報共有が活発ではない。 - 生徒の反発
(暗記中心でテストの点数を取ることだけに執着し)紙の教材への固執が強く、(操作に不慣れな)タブレット活用を受け入れにくい。 - ICT支援員の減少
専門的な支援員が減少したことで、技術的な問題への対応が難しい。 - 誤解の解消
YouTubeなどの活用が誤解(生徒は内容よりも表面的なことに気を取られ、教師は生徒たちのにYouTubeを視聴させることが動画制作者の収益につながると勘違いする)され、教育的意図が十分に(全く)伝わらない。
成功例から学ぶ取り組み
大学の先生(稲垣先生)はこれらの問題に対して次のような提案をしています。
- 教員へのサポート
短時間で実践例を共有し、準備効率化の利点(担当者間でのデータの共有など)を伝える場を設ける。

STEAM PBL (プロジェクト型学習)
- 生徒へのアプローチ
タブレットの利点を実感できるプロジェクト型学習を導入する。- タブレットを活用したプロジェクト型学習(PBL: Project-Based Learning)とは、生徒が実際の課題や問題に取り組むプロジェクトを通じて、学びを深める学習方法です。
- 情報の検索や整理: タブレットを使ってインターネット上の情報を調べたり、学習内容をまとめたりすることで、効率的な情報収集と整理が可能になります。
- コラボレーション: クラスメイトとの共同作業や意見交換を行う際、タブレットを利用してリアルタイムでデータ共有やコミュニケーションを円滑に進められます。
- 創造的な表現: タブレットを使ってプレゼンテーションを作成したり、ビジュアルなコンテンツ(動画や画像など)を制作することで、学びをより豊かに表現できます。
- フィードバックの迅速化: プロジェクトを進める中で教師から迅速なフィードバックを受けたり、進捗状況を確認するためにタブレットを活用できます。
- タブレットを活用したプロジェクト型学習(PBL: Project-Based Learning)とは、生徒が実際の課題や問題に取り組むプロジェクトを通じて、学びを深める学習方法です。
- 誤解の解消
著作権や教育的使用の正当性を丁寧に説明する。

探究的な学習とAI活用の可能性
また、探究的な学習や生成AIの活用についても意見がありました。
- AIリテラシー教育の重要性
AI出力の誤りを批判的に捉え、活用する力を育てる。 - 探究的な学習の深化
発表内容を質疑応答や外部リソースを活用して深める工夫を提案。- ここでの探究的な学習とは、生徒が主体的に興味や関心を持ったテーマに基づいて深く考え、調査・研究を行う学習プロセスを指します。従来の知識暗記型の学びから、課題解決能力や論理的思考力、創造性を重視する教育方針へとシフトしている中で、探究的な学習が注目されています。特に大学入試改革以降、この学びの成果が評価される場面が増えています。
ICT教育の可能性と課題
ICT教育は現代の教育現場において多くの可能性を秘めています。一方で、導入にあたっては様々な課題が伴うことも事実です。以下では、専門家たちの意見をもとにその可能性と課題を整理し、具体的な提言をまとめます。
ICT教育の可能性
文科省や大学の専門家たちはICT教育が以下のような可能性を持つと述べています。
- 学習の効率化
デジタルツールを利用することで、個別学習が可能となり、生徒全員の学習進度を共有しながら効率的な授業運営ができる。 - 生徒の主体性向上
プロジェクト型学習や探究型学習におけるICTの活用により、生徒が自ら考え、行動する能力を育む。 - デジタルリテラシーの育成
現代社会で求められる技術スキルや情報活用能力を習得する機会を提供する。
ICT教育の課題
一方で、導入に際して以下の課題が指摘されています。
- 技術的なサポート不足
ICT支援員の減少や専門家の不足により、技術的な問題への対応が難しくなる。 - 教員間の協力不足
ICT活用を促進するためには研修や事例共有が必要ですが、それが十分に行われていない現状がある。 - 生徒の反発や抵抗感
従来の学習方法を好む生徒がICT導入に対して抵抗を示す場合がある。 - 誤解の解消が必要
YouTubeなどのICT活用が誤解されることがあり、教育的意図を正しく理解してもらう努力が求められる。 - 教材の制約
デジタル教科書の限界やICT教材の選択肢の不足が課題となる。
大学の取り組み・大学の先生の意見
- 大学の取り組み
東京大学と慶應義塾大学はICTリーダーシップ教育を推進し、世界水準のプログラムを展開。北海道大学はeラーニング講座の提供を通じて、ICTの普及を目指しています。(また、関西大学では英語Ⅰab~Ⅳabにおいて共通副教材としてeラーニングを導入しています。他にも多くの大学で様々な取り組みがなされています。) - 大学の先生の意見
山梨大学の稲垣俊介先生は、ICT(情報通信技術)を活用した教育の重要性を強調しています。- 情報教育の重要性 稲垣先生は情報教育が現代社会で生きるために必要不可欠であると強調しています。特に、データ分析や情報の活用方法を学ぶことが、将来のキャリアや生活に役立つと述べています。
- 授業動画の活用 授業動画を活用することで、生徒が自分のペースで学習できる環境を提供することのメリットと課題について考察されています。動画の質や構成にも工夫を凝らしています。
- プロジェクト型学習の推進 生徒が主体的に学ぶプロジェクト型学習(PBL)により、生徒が実践的なスキルを身につけることができると述べています。
- 教育現場でのテクノロジー活用 iPadやYouTubeなどのデジタルツールを活用したアウトプットの重要性についても言及されています。これにより、生徒の創造性や表現力を引き出すことができるとしています。

情報科の授業 111なぜ情報を学ぶのか 情報の科学/情報Ⅰ報科の授業
まとめ
ICT教育はその可能性を最大限に活かしつつ、課題を克服することで教育の質を向上させることができます。海外ではICT学習が教育の効率化や格差解消の手段として積極的に活用されていますので、以下にいくつかの国の事例を紹介します。
- アメリカ
- 州ごとに異なる取り組みが行われており、ノートパソコンの配布やデジタル教科書の導入が進行。
- 生徒個々に合わせた学習コンテンツを提供するラーニングプラットフォームも導入。
- フィンランド
- 生徒の自主性を重視した「学習者中心の教育」を理念に掲げ、ICTを活用。
- クラウドプラットフォーム「Dream School」や「EduCloud Project」を通じて、全ての生徒が平等にICT教育を受けられる環境を整備。
- BYOD(Bring Your Own Device:私用端末利用)を認め、スマートフォンを活用した学習も推進。
- デンマーク
- 「User Portal Initiative」などの学習プラットフォームを導入し、教師と生徒、保護者間での情報共有を強化。
- 教師のITスキル向上を目的としたプロジェクトも進行中。
- シンガポール
- 政府が学校のICT活用提案を採用し、1人1台のタブレット型パソコンを配布。
- ICT教育を通じて生徒の学習意欲を向上。
スウェーデンではICT教育が進んでいましたが、近年ではその取り組みを見直す動きが見られます。
- 過去の取り組み: スウェーデンは2010年代にICT教育を積極的に推進し、ほぼすべての教科でタブレットやPCを使用する授業を導入しました。これにより、デジタルスキルの習得を目指していました。
- 課題と見直し: しかし、デジタル化が進む中で、読解力や数学の成績が低下する傾向が見られました。このため、紙の教科書や手書きの練習に重点を戻す動きが始まっています。特に初等教育では紙の教材が学習の定着に効果的であると再評価されています。
- 現在の方向性: デジタルとアナログのバランスを取ることが重要視されており、ICTは情報収集や編集、共有に活用しつつ、基礎的な学力を育むために紙の教材も併用する方針が取られています。

スウェーデンのこの動きはデジタル教育の利点と課題を再考する良い例として注目されています。私は以前、下の記事の中でデジタルとアナログを融合した授業について書きました。デジタルのみの授業のマイナス面を補うには従来のアナログスタイルの授業の優れた面をミックスして行うべきだということを述べています。(ICT活用学習は単調になりがちです。特に操作に慣れていない生徒にとっては単なるパソコンの使い方学習と捉えられかねないので体を動かしたり音読などを適切に取り入れて、楽しさを感じさせることが大切です。)
課題に対する解決策(私見)

多くの中堅進学校と呼ばれる学校では、昭和的な『詰め込み教育』が相変わらず行われています。そのせいか、生徒たちの多くが暗記中心の学習に陥って、一つのことをじっくり考える『探究的な考察』をするゆとりがほとんどありません。「早く答えを知りたい」→「答えを教えてくれない」→「全くタブレットが使えない・操作を覚えるのがめんどくさい」→「テストの点数が取れなくなる(不満が爆発する)」→「前のままの紙の方が良かった(ホメオスタシス)」という生徒の心的状態の変化がタブレット学習の大きな障害になっていると思われます。しかし、それとは対照的にまだ学校の教育に染まっていない1年生はタブレット学習に積極的で、楽しみながら学ぶ、柔軟な思考を持っています。このような学校の状況を踏まえながら、ここまで経験してきた課題に対する解決策(私見)をまとめてみます。
- 現状分析と優先課題の選定
- ICT導入における現場の課題(生徒の慣れ具合、不足している技術サポートなど)をリスト化し、どれが最も影響度が高いのかを明確にする。
- 小さな成功を目指す計画を立てる
- 解決すべき課題ごとに短期目標を設定する。
- 1学期以内にタブレットの基本操作をほぼ全生徒が習得するなど。
- 具体的な行動手順を示す
- 各目標を達成するためのステップを段階的に示す。
- 教員向けのICT研修の開催。(教科でICTチームを作る)
- 生徒向けの基礎技術習得のための動画を作成。
- 生徒たちが慣れるまで(可能な範囲で)支援員などとTTで授業を実施する。
- 各目標を達成するためのステップを段階的に示す。
- 進捗確認の仕組み作り
- 定期的に生徒たちの進捗状況を確認し、必要に応じて計画を修正。(紙との併用)
- 他校や他地域での成功事例を調査
- ICT教育を効果的に行っている学校の取り組みを教員間で共有する。
- ICTを使って生徒の主体性を向上させた方法、支援員を活用したモデルケースなど。
- 数字やデータの活用
- 成果を示すためのデータや具体的なエピソードを取り入れる。
- ICT導入後に生徒の成績が向上した実例。(Microsoft Teamsの課題機能も有効)
- 具体的な取り組みを細かく記録
- 教室でのICT活用の具体的な様子。
- 生徒がグループでタブレットを使ってプレゼンテーションをした様子など。
- 知識に偏った学習スタイルはもう時代遅れ
- 一つのトピックをじっくり考え、問題を発見し解決する能力を育てる。
- 関連するテーマをリサーチしながら、アクティブに学び探究することの楽しさを実感させる。
- クリティカルな思考力やクリエイティブな視点を養い、生徒たちが主体的に学びに取り組めるようにする。(受験に必要なナレッジをデータとしてストリーミングし、セルフラーニングのマインドセットを育む。)
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