小説を読む
栄美は静かな放送室の空気が好きだった。中学校では誰とも話せず、教室の隅で百人一首を諳んじるのが唯一の安らぎだった。全首暗記したおかげで先生には褒められたけれど、友達はできなかった。高校では変わりたい…人前で話す機会が多い放送部を選んだのは、そんな強い思いからだった。
「思い切ったこと、しちゃったかなあ。本当に大丈夫かな、わたし…」
不安を押し殺して放送部室のドアを開けると、思った以上に広い空間が広がっていた。吸音材に囲まれた室内はまるで外界と隔絶された異質な場所だった。足音や服が擦れる音、全ての音が壁に吸い込まれるような不思議な感じがした。置かれたままの放送機器、無機質なマイクスタンド。その前に所在なく立っていると、背後から明るい声が響いた。
「こんにちは。3年4組の遠藤杠葉です。よろしくね」
「え、あ、私は1年4組の刑部栄美です」
「おさかべさん?珍しい名前ね」
「ゆずりは?先輩もあまり聞いたことがないお名前ですね」
「え?あ、ああ、よく言われるわ…アハハ」
杠葉は一年生相手にはにかむように笑った。その時、ドアが開いて顧問の伸介先生が顔を出した。
「先生、新入部員が一人入りました。これで安心ですね」
「おお、よく入ってくれたね!これで部が存続できるぞ」
伸介先生は満面の笑みで杠葉とハイタッチを交わした。栄美は二人のやり取りに戸惑いを覚えた。まさか、廃部の危機なの?私、そんなところに入っちゃったの?どうしよう…今更、退部するなんて言い出せる雰囲気ではなかった。
「あの、先輩、他に部員はいないんですか?」
「え?ああ、もう一人いるわ。2年生の和麿っていうんだけど…、ちょっと変わった子で」
杠葉は言葉を選びながら答えた。
「たまにすごくハイテンションで、意味の分からない歌を歌いながらくるくる回ったりするんだけど、そうかと思えば、急に塞ぎ込んじゃって…全然口を利かなくなったり…」
栄美はますます不安になった。そんな中、伸介先生が追い打ちをかけるように言った。
「今年はコンクール県大会を突破して、東北大会進出を目指すぞ!アナウンス部門は強敵が多いから、ラジオ番組部門かビデオ番組部門で行こう!」
「先生、私も部長として今年は頑張ります!」
杠葉が力強く答えた。顧問の先生と杠葉はとても仲が良さそうだった。昨年、杠葉始め五人の生徒たちが国内の原発関連の処理施設とスウェーデンの施設を伸介先生に連れられて訪問した。二週間の長旅ですごく緊張する訪問だったと杠葉が話していた。原発事故以来、この学校にはそういう研修のような旅行の参加募集がたまに来ていた。
「え?杠葉先輩って、部長だったんですか?」
驚いて尋ねた後、部員が各学年に一人ずつしかいない状況を思い出し、まあ、そりゃ当然よね…と心の中で呟いて俯いた。杠葉はそんな栄美の様子を気にすることもなく、明るく胸を張った。
「うん、そうよ!」
「あ、そうだ!今年、新しく副顧問になった先生がYouTuberで動画編集に詳しいらしいぞ」
伸介先生が突然、そんな情報を持ち出した。新しい先生がYouTuber?栄美は少し驚いた。以前、関西の数学教師の動画がネットで話題になっていたのを思い出し、その先生はどんな感じなのかなと思った。
「その先生って、何を教えるんですか?」
杠葉が興味津々で尋ねた。
「国語って言ってたかな。でも、僕よりずっと年上なんだ」
「おじさん?おばさん?どっちですか?」
「おじさん…だなあ?それ以上は僕の口からは言えない。ハハハ」
伸介先生は、含みのある笑いを浮かべた。
数日が過ぎ、放送コンクール県大会が近づいてきたある日、杠葉は職員室で伸介先生と珍しく言い争っていた。コンクールに出品する番組の内容について、二人の意見が真っ向から対立していたのだ。杠葉は自分たちが考えたこのシナリオで制作したいと必死に訴えていたが、伸介先生は頑なに首を縦に振らなかった。
杠葉は疲れ切って部室に戻ると、奥のソファに人影がうずくまっていた。和麿だった。杠葉を見るとやおら立ち上がった。今日はハイテンションだった。目はギラギラと輝き、早口でまくしたてるように話し出した。
「いやあ、オレすごいシナリオ考えちゃったんですよ!もう、絶対優勝できますって!タイトルはですね…」
杠葉は、彼の突然の変貌ぶりに、「またか」という呆れ顔をした。
「和麿…、ちょっと落ち着いて。一体どうしたの?」
「落ち着いてなんていられませんよ!こんな素晴らしいアイデアが湧き出てくるなんて!神が降りてきたんですよ、きっと。悪魔をやっつけてやる!」
和麿は興奮した様子で部室中を歩き回り、甲高い声で訳の分からない歌を歌い始めた。それはいつものように弱々しい声ではなく、自信に満ち溢れた力強い歌声だった。しかし、そのテンションは長くは続かなかった。数分後には彼は言葉を失い、ソファに崩れ落ちるように座り込んだ。表情は一転して陰鬱になり、さっきまでの興奮が嘘のようだった。
「まあ…、どうせ、頑張っても無駄だ…どうせ、またあいつは同じことするんだ」
和麿はうつろな目で呟いた。杠葉は彼の極端な変化に言葉を失った。これがちょっと変わった和麿の日常だった。躁状態と鬱状態を繰り返す彼の不安定さに杠葉はいつも手を焼いていたのだ。コンクール県大会が目前に迫り、焦燥感に駆られている今、彼の予測不可能な言動は杠葉の不安をさらに掻き立てた。
「先輩、アナウンス朗読はもう録音したんですか?」
栄美が、この重い空気を払拭しようと話しかけた。
「え?あっ、うん。昨日、先生に渡した」
杠葉は和麿から視線を外し栄美に顔を向けた。和麿はソファに丸まったまま、何も言わなかったが、しばらくして、重い足取りでよろよろと部室を出て行った。
「先輩、ラストどうします?また、伸介先生にダメ出しされますよ」
栄美は、心配そうに杠葉に尋ねた。
「ホントにもぉ、これでいいじゃん!サクラはミミのことをずっと大事に思ってるって、聞いてる人に絶対伝わるはずよ!そうでしょ?」
杠葉は、半ば懇願するように言った。
「は、はい。私もそう思います」
栄美は杠葉の勢いに圧倒されて思わず頷いた。
「亡くなったミミの魂がサクラのピンチを救うのよ!」
杠葉は、自分の考えたラストシーンを熱く語った。
「それ、私もめっちゃロマンチックだと思います」
栄美は思わず声が裏返った。
その時、部室のドアが開き、噂のYouTuberの先生が姿を現した。手にチョコレートを持っている。先生は二人にチョコレートを差し出し、優しく尋ねた。
「初めまして…あれ、どうしました?」
「なんか、伸介先生が私たちの考えた番組のシナリオが納得できないらしくて…」
杠葉は困った顔で事情を説明した。
「そうなんですね。どんなシナリオですか?」
杠葉は考えたプロットと特に伸介先生が難色を示しているラストシーンの説明をした。新しい先生は腕を組み、しばらく黙って杠葉の話に耳を傾けていたが、説明が終わると、静かに口を開いた。
「問題は…最後だね。ミミが霊魂で出てくるのは面白いと思うよ。でも、私なら…」
「先生なら?どうするんですか?」
杠葉と栄美は前のめりになった。
「うん、ミミにね、『もう私のことは忘れていいよ』って言わせるね」
「えっ?それって…」
栄美は思わず息を呑んだ。それじゃ、私のシナリオと全然違う…そう言いかけたとき、先生が続けた。
「自分のことはもう忘れて新しい友達を作って、って」
先生はなぜか悲しげな表情で呟いた。
「そう、そうなるよね…きっと」
先生はそれだけ言うと、二人に手を振って部室を出て行った。杠葉と栄美は顔を見合わせ、しばらく言葉を失っていた。
春休みが終わって、数日後、栄美のクラスの古典の授業でそのYouTuberの先生が教壇に立った。先生の名前は古川というらしい。物腰は柔らかく、時折冗談も交えるが、クラスの生徒たちは冷ややかだった。特に授業でタブレットやオンライン教材を使うと、露骨に嫌な顔をする生徒もいた。タブレットは「情報の授業だけでたくさんだ」「情報の授業でもないのになぜタブレット使うの?」「プリント配ってよ。教師でしょ」そんな声が聞こえてきた。
栄美は中学校時代に百人一首を覚えたから古典には自信があった。古川先生の授業も内容は理解できる。ただ、タブレットを使うくらいで他の生徒たちがなぜあんなに反発するのか不思議でならなかった。栄美はタブレットを上手に使えるようになりたかった。
古川先生は以前、都内の進学塾で国語を教えていたらしい。コロナの関係で授業配信もしていたそうだ。一度、教師を退職して塾講師になったが、縁あってこの西町高校に一年間の期限付きで講師として赴任してきたのだという。
これまで西町高校放送部は県大会で目立った成績を残せていなかった。しかし、ラジオ番組部門に限っては脚本と演出次第で、東北大会で上位を狙える可能性を秘めていると伸介先生は分析していた。
杠葉と栄美が一緒に練り上げたシナリオは、幼馴染のサクラとミミが、引っ越しで離れ離れになる物語だった。お互いを忘れずにいようと約束し、毎日一回LINEで連絡を取り合うことにする二人。しかし、ある日、サクラがその約束を忘れてしまい、二人は激しく言い争ってしまう。感情的な言葉をぶつけ合うが、サクラは自分が悪かったと素直に認め、翌日ミミに謝ろうと決意する。ところが、その夜、ミミは交通事故に遭い、帰らぬ人となってしまうというものだった。しかし、これを読んだ伸介先生は「こんな少女マンガみたいな話じゃダメだ…」と呟いた。
古川先生はベテラン教師としての指導力は確かだった。ICTを積極的に授業に取り入れようとしたのも、生徒たちの学習意欲を高めたいという思いからだろう。しかし、栄美のクラスの生徒たちは新しいものを受け入れることに抵抗があり、古川先生の新しい授業スタイルに苦痛しか感じていなかった。
古川先生が古典の授業を始めるとクラスの生徒たちは授業中に露骨に不満な態度を取り、陰で古川先生の悪口を言いふらしていた。そのクラスの担任も生徒からの話を鵜呑みにして、古川先生に冷たい視線を送っていた。後になって分かるのだが、その担任は古川先生の高校の後輩にあたる教師だった。古川先生が以前に勤めた高校に生徒として在籍しており、彼はなぜだか複雑な感情を抱いていたのだ。
教頭の大川は典型的な事なかれ主義者で些細なことばかりを気にするタイプだった。生徒たちの古川先生に対する不満の声を担任から聞いて、ロクに事実確認もせず、それを鵜呑みにし、時折、古川先生の授業を廊下からこっそり覗いていた。
そんなある日、古川先生が古典の授業で使うために準備していたブログを一部の生徒たちが見つけて隅々までチェックした。そして、ブログに紐付けられていたSNSアカウントを発見したのだ。古川先生のX(旧Twitter)のアカウントを見つけた女子生徒たちは、先生が若い女性の投稿ばかりを見ていると根も葉もない噂を流し始めた。「気持ち悪い」「セクハラだ」といった悪質なデマは、瞬く間にこの小さな学校中に広まった。
古川先生は身に覚えのないことで誹謗中傷され、とても困惑した。そして、教頭の大川からの追求が始まった。生徒から先生のSNSのことで苦情が出ていると事実ではないことを一方的に問い詰められ、古川先生もさすがに腹に据えかねた。それというのも大川は視野が狭く、古川先生がどんな意図でブログを作成していたか、SNSの不要なシステムを知らず、情弱で事態の本質を見抜けない人間だったからだ。
事態を重く見た校長は古川先生を校長室に呼んで事情を聴いた。古川先生は生徒たちの間で広まっている噂が全くの事実無根であることを丁寧に説明した。その誠実な話しぶりに校長は生徒たちの告げ口が根も葉もない中傷であると理解した。しかし、そうであっても、校長が生徒たちや担任を説得することはできず、生徒たちの態度は依然として変わることはなかった。
放送部のコンクール県大会当日、高校から遠く離れた会場で栄美たちが目にしたのは、現地で合流したビデオ番組部門の審査員をする古川先生の姿だった。県内各地から集まった高校生たちの作品を真剣な眼差しで見つめる先生。その姿を見た栄美は、理由もなく胸がざわついた。同時に、他校の生徒たちの自信に満ちた様子を目の当たりにし、自分たちのどこか頼りなく、未熟な部分を痛感し始めていた。
いよいよ栄美たちの出番。会場に自分たちのラジオ番組が流れ出す。審査員の反応が気になり振り返るも、会場は暗く表情は窺えない。他の高校生たちは、私たちの作品を聴きながら時折ため息をついている。その意味が分からぬまま発表は終わり、全ての学校の発表が終わったあと、審査員たちが会場を出て行った。
一時間くらいすぎたとき、張り詰めた空気の中、審査員長がコツコツと足音を立てながらステージに上がった。固唾をのむ会場に、アナウンス部門から始まり、ビデオ番組部門、そしてラジオ番組部門の結果が告げられる。次の瞬間、西町高校放送部の名前が呼ばれた。「ラジオ番組部門、入賞、西町高校…東北大会出場!」その結果に三人は肩を落とした。「入賞」…彼女たちは古川先生のアドバイスを受け入れず、シナリオのラストを変更することはしなかったのだ。
大会から数日後、和麿は学校に姿を見せなくなった。ほどなくして彼の母親から学校へ連絡が入る。以前から躁鬱病と診断されており、最近になって症状が悪化し、入院したとのことだった。杠葉はその知らせを聞き、胸に小さな衝撃を受けた。彼のあの奇妙な言動はやはり病気のせいだったんだと、どこかで予感していたことが現実になった。しかし、先輩である自分に何かできたことはなかったのだろうか。そう思うと、かすかな自責の念が彼女の心に湧き上がった。
県大会の後も栄美たちのクラスは古川先生に相変わらず冷めたい態度を取っていた。ある日、古川先生は他のクラスで今までに聞いたことがないようなプレゼンテーションの授業を行った。ICT支援員やスクールサポートスタッフ、ALT(外国語指導助手)をゲストスピーカーとして招き、生徒たちにリアルタイムの社会問題や異文化理解について語ってもらい、それらを踏まえた上で生徒たちがプレゼンテーションを行うというものだった。
高校に入ってから初めてパワーポイントのシートを作成した生徒たちは、情報リテラシーとフェイクニュースの問題、地域における高齢化と福祉の問題、多文化共生とコミュニケーションの課題という三つのテーマに分かれ、そのなかで四つのグループがそれぞれ発表を行い、自分たちの意見を理路整然とまとめていた。そのクラスの生徒たちは新しいスタイルの学習に最初は戸惑っていたものの、普段は話をすることのない人たちの話を聞き、自分たちで調べ、議論するうちに、主体的に学習に取り組むようになっていった。栄美はその話を知って、そんな授業なら自分のクラスでも受けてみたいと思った。
二ヶ月後、西町高校放送部は東北大会に出場し、見事に最優秀賞を獲得した。二人は大会の直前に、亡くなったミミの魂が最後にサクラに「もう私のことは忘れていいよ。前を向いて新しい友達を作って…」と告げるエンディングに作り直した。しかし、古川先生はそのことを知らないまま、一年間の任期を終え、名古屋の高校へと旅立つことになっていた。離任式の日、体育館の壇上で生徒たちは日頃お世話になった離任する十名の先生方へ、感謝の気持ちを込めて一人ずつ花束を贈った。そして最後に、古川先生へ花束を手渡したのは、意外にも栄美だった。彼女を見て古川先生は一瞬、驚いた表情を見せ、微笑んだ。
半年後、新しい学校で「こころ」の授業中、古川先生はふと、何かと反発の多かった西町高校のことを思い出した。あの時、杠葉や栄美たちに伝えたアドバイスは、ほんの少しでも彼女たちの役に立ったのだろうか。東北大会で西町高校放送部が優勝したのは、もしかしたら自分の言葉があの子たちの背中をそっと押したからかもしれない。ふとそう思い、古川先生は名古屋の明るい空を教室の窓から一瞥した。そして、微笑みを浮かべながら、熱心に授業に取り組む生徒たちを振り返った。
渡邊克也 作「西町高校放送部」
※無断転載を禁じます。なお、この話の中に登場する人物は実在の人物とは一切関係ありません。
評価のルーブリック
1. 作品理解力(基礎的な読解)
評価レベル | 優れている (A) | 良好 (B) | 基準を満たす (C) | 改善が必要 (D) |
---|---|---|---|---|
登場人物の把握 | 主要・副次的登場人物の性格や役割を詳細に説明でき、その関係性を的確に分析できる。登場人物の心理的変化を細かく捉えている。 | 主要登場人物の特徴と役割を理解し、基本的な関係性を説明できる。一部の心理変化を捉えている。 | 主要登場人物を特定でき、基本的な特徴を説明できるが、関係性の理解は表面的。 | 登場人物を混同している、または特徴や役割の把握が不十分。 |
あらすじ理解 | 物語の流れ、重要な転換点、伏線を含めて正確に説明でき、時系列に沿って事件の因果関係を明確に理解している。 | 物語の主要な展開を理解し、基本的な流れと主な出来事を説明できるが、一部の細部が欠けている。 | 物語の基本的な流れは理解しているが、重要な転換点の意味や細部の理解が不十分。 | 物語の流れを混同している、または重要な展開を見落としている。 |
設定理解 | 作品の時代背景、地域性、放送部という特殊環境を深く理解し、それらが物語展開や登場人物に与える影響を説明できる。 | 作品の基本設定を理解し、物語展開との関連を部分的に説明できる。 | 作品の表面的な設定は理解しているが、それが物語に与える影響の理解が不十分。 | 作品の基本設定を誤解している、または重要な設定要素を見落としている。 |
2. 文学的分析力(テーマと表現技法)
評価レベル | 優れている (A) | 良好 (B) | 基準を満たす (C) | 改善が必要 (D) |
---|---|---|---|---|
テーマ分析 | 複数のテーマ(人間関係の複雑さ、コミュニケーション、変化への抵抗、心の病など)を特定し、それらの関連性と作品全体における意義を深く分析できる。 | 主要なテーマを特定し、作品中での表れ方を具体例を挙げて説明できる。 | 一部のテーマを特定できるが、分析が表面的または一面的。 | テーマの特定が不正確、または作品の深い意味を把握できていない。 |
表現技法分析 | 作者の文体、描写技法、象徴、伏線などを詳細に分析し、それらが読者に与える効果や作品のテーマとの関連を説明できる。 | 主な表現技法を特定し、その基本的な効果を説明できる。 | 一部の表現技法に気づくが、その効果や意味の理解が限定的。 | 表現技法をほとんど特定できない、または誤って解釈している。 |
視点と語り分析 | 語りの視点の効果を深く分析し、視点の選択が読者の認識や共感にどう影響するかを考察できる。 | 語りの視点を正確に特定し、基本的な効果を説明できる。 | 語りの視点を特定できるが、その効果の理解が表面的。 | 語りの視点を誤解している、または視点の重要性を認識していない。 |
3. 社会的・心理的考察(現代的課題との関連)
評価レベル | 優れている (A) | 良好 (B) | 基準を満たす (C) | 改善が必要 (D) |
---|---|---|---|---|
教育環境の分析 | 作品中の教育環境(ICT導入、生徒と教師の関係など)を現代の学校の課題と結びつけて多角的に分析し、自分の経験や社会的視点から考察できる。 | 作品中の教育環境の特徴を理解し、現代の学校との類似点や相違点を基本的に説明できる。 | 作品中の教育環境の表面的な特徴は把握しているが、現代との関連付けが限定的。 | 作品中の教育環境に関する理解が不十分、または現代との関連づけができていない。 |
心理的洞察 | 登場人物の複雑な感情や行動の動機を深く分析し、心理的な葛藤や成長過程を人間性の普遍的な側面と結びつけて考察できる。和麿の躁鬱病などの心の問題に対する洞察が深い。 | 主要登場人物の基本的な感情や動機を理解し、一部の心理的変化を説明できる。心の問題への基本的な理解を示す。 | 登場人物の表面的な感情は把握しているが、複雑な心理や動機の理解が限定的。 | 登場人物の感情や行動の動機を誤解している、または重要な心理的側面を見落としている。 |
コミュニケーション分析 | 作品中の様々なコミュニケーション形態(対面、SNS、授業など)を分析し、現代社会の人間関係やコミュニケーション課題と結びつけて考察できる。 | 作品中の主なコミュニケーションパターンを理解し、現代社会との基本的な関連を説明できる。 | コミュニケーションの表面的な特徴は把握しているが、深い意味や現代との関連づけが限定的。 | コミュニケーションパターンに関する理解が不十分、または現代との関連づけができていない。 |
4. 創造的応用(表現と創作)
評価レベル | 優れている (A) | 良好 (B) | 基準を満たす (C) | 改善が必要 (D) |
---|---|---|---|---|
続編・別視点創作 | 作品の世界観や登場人物の特性を深く理解し、オリジナルな続編や別視点からの物語を創作できる。登場人物の声や文体を一貫して維持している。 | 作品の基本的な要素を活かした続編や別視点の物語を創作できる。登場人物の基本的な特性を維持している。 | 単純な続編や別視点の物語を創作できるが、オリジナリティに欠け、登場人物の特性の維持が不完全。 | 作品の核心を外した続編や、登場人物の特性を著しく逸脱した創作になっている。 |
脚本・台本への変換 | 作品を放送劇や演劇の脚本に効果的に変換でき、ト書き、台詞、演出効果などを巧みに使い、原作の魅力を引き出せる。 | 作品を基本的な脚本形式に変換でき、主要な場面や台詞を表現できる。 | 脚本の基本形式は守れるが、原作の魅力を十分に引き出せていない。 | 脚本形式が不適切、または原作の本質を著しく損なっている。 |
メディア分析・創作 | 作品中の放送部の活動を踏まえ、実際にラジオ番組企画やビデオ企画を創造的に立案・制作でき、その意図や技法を説明できる。 | 基本的なラジオ番組やビデオ企画を立案でき、その主な特徴や意図を説明できる。 | 単純な番組企画を立案できるが、独創性や技術的な考慮が限られている。 | 企画が不完全または作品との関連が薄く、メディア特性の理解が不足している。 |
5. 議論・参加度(授業への貢献)
評価レベル | 優れている (A) | 良好 (B) | 基準を満たす (C) | 改善が必要 (D) |
---|---|---|---|---|
発言の質と頻度 | 深い洞察や批判的思考を示す発言を頻繁に行い、クラス討論を豊かに発展させる。他者の意見に建設的に応答する。 | 関連性のある発言を定期的に行い、しばしば有益な視点を提供する。他者の意見に適切に応答する。 | 基本的な発言を時々行うが、深い分析や独自の視点が限られている。 | 発言がほとんどない、または的外れな発言が多い。 |
グループ活動への貢献 | グループ作業で主導的役割を果たし、他のメンバーを尊重しながら共同作業を効果的に促進する。 | グループ作業に積極的に参加し、自分の役割を果たしながら協力的に活動する。 | グループ作業に参加するが、貢献は最小限または受動的。 | グループ作業への参加が不十分、または協力的でない。 |
振り返りの深さ | 学習内容に関する深い自己反省を示し、新たな洞察や個人的成長を明確に表現できる。 | 学習内容に関する意味のある振り返りができ、いくつかの重要な洞察を表現できる。 | 基本的な振り返りはできるが、深い洞察や個人的関連づけが限られている。 | 振り返りが表面的、または学習内容との関連が薄い。 |
6. 最終課題(選択制)
以下から一つを選んで取り組み、完成度に応じて評価します。
選択肢A:小論文
作品の特定のテーマ(例:教育とICT、心の病と理解、コミュニケーションの断絶と回復など)を選び、800字程度の小論文を書く。
選択肢B:創作課題
次のいずれかの創作に取り組む
- 物語の続編(1500字以上)
- 登場人物の一人の視点から書かれた日記または手紙(1000字以上)
- ラジオドラマの台本(15分程度の作品)
選択肢C:メディアプロジェクト
次のいずれかのプロジェクトを企画・制作する
- 作品をもとにしたポッドキャスト(5〜10分)
- 作品の重要場面を描いた映像作品(3〜5分)
- 作品の世界を視覚的に表現するデジタルストーリーボード(10枚以上)
評価基準(最終課題共通)
評価レベル | 優れている (A) | 良好 (B) | 基準を満たす (C) | 改善が必要 (D) |
---|---|---|---|---|
内容の深さと独創性 | 作品に対する深い理解を示し、独創的な視点や洞察を提示している。テーマの探求が多角的で創造的。 | 作品に対する良好な理解を示し、いくつかの興味深い視点を含んでいる。一定の独自性がある。 | 作品の基本的理解を示しているが、視点が限られている。独自性よりも既存の解釈に依存している。 | 作品理解が表面的で、視点が乏しい。独自の貢献がほとんど見られない。 |
構成と表現力 | 論理的で一貫性のある構成を持ち、説得力のある表現で自分の考えを明確に伝えている。適切な具体例や証拠を効果的に用いている。 | 明確な構成を持ち、適切な表現で考えを伝えている。具体例や証拠を用いているが、さらなる発展の余地がある。 | 基本的な構成はあるが、一部に一貫性を欠く部分がある。表現力に改善の余地があり、具体例が限られている。 | 構成が混乱していて、考えの流れが不明確。表現力が乏しく、適切な具体例や証拠が欠けている。 |
技術的完成度 | 選択した形式の技術的要件を完全に満たし、高いレベルの完成度を示している。細部まで丁寧に仕上げられている。 | 選択した形式の主要な技術的要件を満たし、良好な完成度を示している。一部改善の余地がある。 | 形式の基本要件は満たしているが、技術的な質や完成度に不足がある。 | 形式の要件を十分に満たしておらず、技術的な質や完成度が低い。 |
注意事項と使用ガイダンス
- このルーブリックは形成的評価と総括的評価の両方に使用できます。(部分的に使用してください)
- 生徒の自己評価、相互評価、教師評価の三者で活用することで、多角的な評価が可能になります。
- 評価の透明性のため、授業の開始時に生徒とルーブリックを共有し、評価基準を明確にしておくといいです。
- 各カテゴリーは授業のねらいや生徒の状況に応じて調整してください。
- 発達段階や学習状況に応じて、評価項目や基準を適宜修正・簡略化してください。
探究的な考察
「西町高校放送部」に見る現代の教育と人間関係
この作品を通して、現代の高校生が直面する様々な課題や葛藤について探究的に考察してみましょう。「西町高校放送部」は単なる学校物語ではなく、現代社会の縮図としての示唆を含んでいます。
1. コミュニケーションの断絶と回復
作品の中核には、人と人との「つながり」の問題があります。栄美は中学時代に「友達ができなかった」経験から放送部に入り、変わりたいと願います。同時に、ラジオドラマの中では、サクラとミミの友情とその断絶が描かれています。
なぜ、現代社会では、物理的には近くても心理的に遠い関係性が生まれやすいのでしょうか? SNSでつながっていながら、本当の気持ちを伝えられない皮肉について考えてみましょう。作中の「毎日LINEで連絡を取り合う」という約束と、その破綻は現代のコミュニケーションの脆さを表しています。
考察ポイント: あなたの周りでも、オンラインでは活発なやり取りをしていても、実際に会うと会話が続かないという経験はありませんか?
2. 教育とテクノロジーの関係
古川先生のICTを活用した授業に反発する生徒たちの姿は、新しいものへの抵抗と変化への恐れを象徴しています。「タブレットは情報の授業だけでたくさんだ」という生徒の反応は、テクノロジーを表面的に理解しながらも、その可能性を十分に活かせていない現状を映し出しています。
一方で、プレゼンテーションの授業では、同じテクノロジーが生徒たちの主体的な学びを促進しています。教育におけるテクノロジーの役割とは何なのでしょうか?
考察ポイント: テクノロジーは教育にとって「道具」なのか「障壁」なのか、あなた自身の経験から考えてみましょう。
3. 心の病と向き合う社会
和麿の躁鬱病という設定は、現代社会における精神疾患への理解と対応の難しさを浮き彫りにしています。「ちょっと変わった子」として片付けられていた彼の症状が実は深刻な病だったことを、周囲はどう受け止めるべきだったのでしょうか?
杠葉が抱く「自分に何かできたことはなかったのだろうか」という自責の念は、私たちにも共通する感情ではないでしょうか。
考察ポイント: 学校という環境で、メンタルヘルスの問題にどう向き合えばよいのか、具体的な方法を考えてみましょう。
4. 風評被害とデジタル・リテラシー
古川先生がSNSに関する根も葉もない噂で苦しむエピソードは、現代のデジタル社会における情報リテラシーの重要性を示しています。事実確認をせずに噂を拡散する生徒たち、それを鵜呑みにする教頭の姿は、私たちが日常的に陥りやすい思考のバイアスを表しています。
「情弱」という言葉が使われているように、情報を正しく評価する力が現代社会では必須のスキルとなっています。
考察ポイント: あなたはSNSやネットの情報をどのように判断していますか?「確証バイアス」に陥らないための自分なりの方法はありますか?
5. 成長と受容の物語
作品の結末は「もう私のことは忘れていいよ。前を向いて新しい友達を作って…」というラジオドラマの台詞に象徴されるように、「過去を手放し、新しい一歩を踏み出す」ことの大切さを伝えています。栄美の成長、杠葉の妥協と成功、そして古川先生の旅立ちは、すべて「変化を受け入れる」というテーマに繋がっています。
考察ポイント: 人は変化を恐れる生き物だと言われます。あなたが直面した「変化」に対して、どのように向き合ったか振り返ってみましょう。
まとめ:現代を生きるということ
「西町高校放送部」は、単なる学校生活の物語ではなく、現代社会の縮図として読み解くことができます。コミュニケーションの難しさ、テクノロジーとの共存、心の病への理解、情報リテラシーの重要性、そして変化を受け入れる勇気——これらはすべて、現代を生きる私たちが向き合うべき課題です。
作中の「コンクール」は単なる勝ち負けを超えた、自分自身との対話の場となっています。同様に、私たちの日常も、様々な「コンクール」の連続かもしれません。大切なのは、結果よりもその過程で何を学び、どう成長したかではないでしょうか。
最終課題: この作品から最も印象に残ったテーマを一つ選び、あなた自身の経験と結びつけて800字程度のエッセイを書いてみましょう。あるいは、栄美、杠葉、和麿、古川先生のいずれかの視点から、物語の後日談(続編)を創作してみてください。
未来への視線 – ホノカとマナカ
放課後の図書室。窓際の一角で、文芸部員のホノカとマナカが「西町高校放送部」の感想を熱心に語り合っている。
ホノカ: ねえ、マナカ。この小説読み終わったんだけど、すごく気になることがあるんだよね。
マナカ: なに?私も読み終わったとこ。栄美のキャラクターが私に似てる気がして、なんか不思議な感じがした。
ホノカ: わかる!私は古川先生が気になって仕方ないの。名古屋に移った後、どうなったんだろう…『こころ』の授業って、夏目漱石の『こころ』を教えてたのかな?
マナカ: そうだろね。先生って結局、西町高校では報われなかったよね。でも、最後に少し希望を感じさせる終わり方だった。
ホノカ: うん。古川先生って、きっと名古屋の学校でも新しいことに挑戦してると思うんだ。ICTを取り入れた授業とか。でも、今度は都会だから、生徒たちの反応が違うんじゃないかな。
マナカ: (少し考え込みながら)私は栄美のその後が知りたい。中学で友達がいなくて、高校で変わりたいと思って放送部に入ったところとか…自分と重なるんだよね。
ホノカ: マナカも中学時代、そうだったの?知らなかった…。
マナカ: うん…百人一首まではいかなかったけど、図書室で一人で本読んでる子だったよ。だから栄美が放送部で少しずつ変わっていくのが、すごく身近に感じて応援したくなったんだ。
ホノカ: (優しく)そっか…それでいつも熱心に読書感想文書いてたんだね。
マナカ: (照れながら)まあね。でもさ、栄美はこの後、2年生になって和麿の代わりに部長になるのかな?そして新入生を迎えて、今度は自分が先輩として誰かを支える側になる。そんな続編があったらいいな。
ホノカ: それいいね!想像するだけで面白そう。もし私が続編を書くなら…古川先生が名古屋で教える生徒の中に、かつて不登校だった子がいて、その子がオンラインで授業を受けて少しずつ学校に気持ちが向いてくっていうのはどうかな。
マナカ: (目を輝かせて)素敵!ICTって、使い方次第で人をつなげることもできるんだよね。私たちの学校でもタブレット導入されたけど、まだ使い方が全然っていう先生多いし。
ホノカ: そうそう。でも考えてみれば、古川先生は生徒たちから拒絶されても、自分のやり方を信じ続けたよね。私も何か信じられるものを見つけたいな。
マナカ: (真剣な表情で)私も栄美みたいに、自分から一歩踏み出せる人になりたい。中学の時の私なら、絶対に放送部なんて入れなかったと思う。でも高校生になった今なら…。
ホノカ: (マナカの言葉に続けて)…今なら、違う選択ができる?
マナカ: うん。それに栄美が古川先生に花束を渡したシーンがあったじゃない?あれって勇気がいることだと思うんだ。きっと、栄美は「ありがとう」って伝えたかったんだよね。
ホノカ: (優しく微笑んで)たぶん…そうだね。感謝って伝えるのは難しいけど、大切だよね。古川先生も栄美が花束渡してくれて、嬉しかったんだと思う。
マナカ: (少し照れながら)ねえ、私たちも文芸部として何か作品にできないかな。「西町高校放送部」の続編を二人で書くの。
ホノカ: いいね!私は「古川先生」視点、マナカは「栄美」視点で書いて、それを繋げるの。そしたら、私たちの想像する未来が一つの物語になるじゃん。
マナカ: (興奮して)それって、私たちの「ラジオドラマ」みたいだね。栄美と杠葉が力を合わせたみたいに!
ホノカ: (笑顔で)そうだね。きっと彼らも東北大会優勝した後、新しい物語を作り始めてるよ。和麿も病院から戻ってきて…。
マナカ: うん、戻ってくる。そして栄美は和麿の病気のことも理解して、新入生と一緒にまた新しい番組を作る。「全国大会優勝」っていう目標を持って。
ホノカ: (感動して)マナカ、それすごくいい!そして古川先生も、二年後、全国大会で審査員をして、成長した彼らの姿を見るっていうのはどう?
マナカ: (静かに微笑んで)うんうん、いい。そこから私たちの物語は続いていくんだね。