かっちゃんねる教育
| 番 号 | 正 解 | 設問内容 |
| 問一 | ロ | 空欄Ⅰ・Ⅱの語句組み合わせ |
| 問二 | ニ | 傍線部A「ただし言論については一概にいえない」の説明 |
| 問三 | ハ | 傍線部B「ヴェイユはメディアに信頼をよせていなかった」の理由 |
| 問四 | イ | 空欄Ⅲに入る語句 |
| 問五 | ハ | 本文中のイ〜ニから最も適切な箇所(挿入位置) |
| 問六 | 公認の教義 | 傍線部C関連・五字抜き出し(記述) |
| 問七 | ハ | 傍線部D「このような状況においてのみ」の理由 |
■ 本文の要旨 AI(Assist Intelligence)

| ○冨原眞弓『シモーヌ・ヴェイユ』は、フランスの哲学者・思想家シモーヌ・ヴェイユ(1909〜1943)の思想を論じた評論文である。ヴェイユは「根をもつこと」「秩序」「自由」「服従」「責任」「平等」という概念を軸に、知性と集団・大衆・メディアの関係を深く考察した。 ○本文の核心:個人が孤独に行う知的探究こそが、プラトンの言う「巨獣」(=集団・大衆・国家が形成する情念と欲求の塊)に対抗できる唯一の力である。本文はヴェイユのメディア批判・政党批判・大衆批判を軸に展開し、集団的情念に飲み込まれない知性のあり方を問う。 |
■ 超実践的テクニック|早稲田現代文の攻略法 3ステップ
| STEP1 「対比と抽象化」の構図を自分で書く |
| ○早稲田の正解選択肢は、本文の具体例を一段階上の概念(抽象語)に変換しているケースが多い。 ・読みながら余白に「A(筆者の主張)vs B(一般的な通説)」のような図を自分で書く癖をつける。 ・選択肢を見る前に「この段落は要するに〇〇という対比だ」と自分で定義してしまう。これが最も有効。 ○問題文の構造 ・「個人の孤独な知的探究(正)」vs「集団・大衆・メディアによる情念への同調(反)」 この対比軸を掴んでおくと、各設問でどちら側を問われているかが即座に判断できる。 ・「非人格的なもの」「魂の自由」「孤独な探究」→(正)の側 ・「集団的情念」「ソフィスト」「メディア」「公認の教義」→(反)の側 |
| STEP2 消去法の精度を極限まで高める |
| ○「これだ!」という正解を選ぶより、「ここが違う」というバツをつけるゲームだと割り切る。 ・引っかけの主なパターン(本問での出現例) ① 因果関係の逆転:原因と結果を入れ替えているもの。 ② 範囲のすり替え:「すべて・常に・必然的に」で本文より広げているもの。 ③ 論理の飛躍:本文から推測はできるが直接書かれていないもの。 ・過去問演習では正解に丸を打つだけでなく、不正解の選択肢の「どの1語が間違いか」にバツをつける訓練をすること。 |
| STEP3 空所補充・脱落文挿入は「段落の役割」から考える |
| ○空所補充では前後1行だけでなく段落全体の役割を考える。 ・脱落文挿入では、「その文が前段落の評価なのか、次段落への橋渡しなのか、全体の総括なのか」という機能で判断する。 ・接続詞(しかし・つまり・ゆえに)への意識を強く持つ。ただし、早稲田は露骨な接続詞をあえて使わず、文体の流れで論理を読ませることがある。 ・「重要・本質・単なる〜にすぎない」といった評価語や、文末の断定の強さにも注目すること。 |
■ 問題の解説
問一 空欄Ⅰ・Ⅱの語句組み合わせ
【設問】空欄Ⅰ・Ⅱに入る語句の組み合わせとして最も適切なものを選べ。
| イ Ⅰ=人格的 Ⅱ=民主主義的 | ロ Ⅰ=非人格的 Ⅱ=民主主義的 |
| ハ Ⅰ=人格的 Ⅱ=全体主義的 | ニ Ⅰ=非人格的 Ⅱ=全体主義的 |
| ホ Ⅰ=民主主義的 Ⅱ=人格的 |
| 【正解】 ロ (Ⅰ=非人格的 / Ⅱ=民主主義的) |
▶ STEP1「対比の構図」で即断する
| ・Ⅰは「筆者(ヴェイユ)が重視するもの」→(正)の側。公正・真実・美という人格を超えた普遍的価値=「非人格的(impersonnel)」。「人格的」は個人の主観・感情に基づくもので(反)の側。→ Ⅰ=非人格的 ・Ⅱは「知性が批判的に論じる相手」→(反)の側。本文では多数派の論理・数の力への同調が問題として示されている。→ Ⅱ=民主主義的 ※「全体主義的」はⅢの位置(政党の問題)で使われる概念。Ⅱには合わない。 |
問二 傍線部A「ただし言論については一概にいえない」の説明
【設問】傍線部A「ただし言論については一概にいえない」とあるが、その説明として最も適切なものを選べ。
| イ 言論の自由と結社の自由は目的と方法の関係が転倒しており、その違いゆえに言論の自由は法による制限から無制限に解放されなければならない。 | ロ 言論に対する思考の表現は知性の機能はなく、一定の条件のもとで自由であるべき限りにおいて行動に直接的に影響をおよぼすことができる。 |
| ハ 言論の自由は結社の欲求から分離されなければはじめて知性の機能は一定の条件のもとで自由であるべき限りにおいてはたらくことができる。 | ニ 言論は魂の自由であるか否かにおいて違いがあり、その理由として言論の自由は法による指針から無制限に解放されてよい。 |
| 【正解】 ニ |
▶ STEP1「対比の構図」で本文の論旨を確認
| 「言論は魂の自由であるか否かにおいて違いがある」という選択肢「ニ」の表現が、本文の「一概にいえない」という表現に対応している。これが正解の根拠。 |
▶ STEP2 消去法|どの1語が誤りか
| ・イ ×「法による制限から無制限に解放されなければならない」→ ヴェイユは組織的言論に制限を認める。「無制限」が誤り。 ・ロ ×「言論に対する思考の表現は知性の機能はなく」→ 知性の自由な表現こそ言論の本質。「知性の機能はなく」が誤り。 ・ハ × 文意自体が不明瞭。「個人の言論と組織の言論の区別」という核心を捉えていない。 ・ニ 〇「言論は魂の自由であるか否かにおいて違いがある」→ ①②の区別を正確に示している。正解。 |
問三 傍線部B「ヴェイユはメディアに信頼をよせていなかった」の理由
【設問】傍線部B「ヴェイユはメディアに信頼をよせていなかった」とあるが、その理由として最も適切なものを選べ。
| イ ヴェイユの考える知性は自由にはたらくものであり、大衆を優位なものとするため | ロ 言論における知性の表現は知性の活動が一定の枠組みを保たなければならないということ |
| ハ 言論における思考の表現は知性の表現でなければならないが、言論の自由は一定の条件のもとで自由であるべきであるということ | ニ ヴェイユは集団性が自由な個人の孤独な思考を必然的に支配するため、メディアはプラトンが「巨獣」と称したシステムである |
| 【正解】 ハ |
▶ STEP1「対比の構図」でメディア批判の論旨を確認
| (正)言論(思考の表現)が正当であるための条件:知性の自由な表現でなければならない。 (反)現実のメディア:政党・資本家・大衆の欲求に奉仕する装置に成り下がっており、知性の自由な表現の場となっていない。 → メディアは「大衆の悪質な犯罪者」(本文)=知性の自律的表現を妨げている。これがメディア不信の理由。 |
▶ STEP2 消去法|どの1語が誤りか
| ・イ ×「大衆を優位なものとするため」→ ヴェイユは大衆の情念を批判的に論じる。「大衆を優位」が誤り。 ・ロ ×「一定の枠組みを保たなければならない」→ メディア不信の直接的理由を示していない。的外れ。 ・ハ 〇「言論は知性の表現でなければならないが、言論の自由は一定の条件のもとで自由であるべき」 → ヴェイユの基準を示し、現実のメディアがその基準を満たさないことを含意している。正解。 ・ニ ×「メディアはプラトンが『巨獣』と称したシステム」 → 過度な単純化。本文で「巨獣」は大衆・集団全般の比喩であり、メディア単独をそう呼ぶ記述はない。 |
問四 空欄Ⅲに入る語句
【設問】 空欄Ⅲに入る最も適切なものを選べ。
| イ ふつうの条件下ではソフィストと群衆は手を結ぶことができる | ロ ソフィストは本来的に群衆とは手を結ばないものである |
| ハ ふつうの条件下では群衆はソフィストを拒絶する | ニ ソフィストは群衆の論理のみを採用する |
| 【正解】 イ |
▶ STEP3「段落の役割」から空欄を埋める
| ・Ⅲの前:プラトンの「巨獣」の比喩の説明(大衆=巨獣、ソフィストが迎合する構図) ・Ⅲの後:その構図を受けた展開 →「ふつうの条件下では」=哲学的訓練のない通常の社会において、ソフィストは大衆に迎合し、大衆はソフィストを支持するという相互利用関係を示す「イ」が正解。 |
▶ STEP2 消去法|どの1語が誤りか
| ・イ 〇「ふつうの条件下ではソフィストと群衆は手を結ぶことができる」→ 正解。 ・ロ ×「手を結ばない」→ ソフィストは大衆に迎合することで成立する。逆。 ・ハ ×「群衆はソフィストを拒絶する」→ 大衆はソフィストを歓迎する。これもプラトンの比喩と逆。 ・ニ ×「群衆の論理のみを採用する」→ Ⅲの文脈の流れ(双方向の相互利用)に合わない。 |
問五 本文中のイ〜ニから最も適切な箇所(挿入位置)を選ぶ
【設問】 本文中のイ〜ニの中から最も適切な箇所を選べ。
※「知性に課せられる制約は、善への愛をもいずれは窒息させてしまうだろう」という文の挿入位置を問う問題。
| 【正解】 ハ |
▶ STEP3「脱落文の機能」から判断する
| ○挿入文の機能を確認:「知性への制約」→「善への愛の窒息」という論点の拡大を示す転換文。 ○本文の流れ:① 知性の自由に対する制約の問題(知的自由の抑圧) ② 〔ハの位置〕 ←挿入文が入る ③ 善への愛・道徳的感情まで失われるという論点の拡大 ・ハの直前:「知性の自由への制約」を論じる文。 ・ハの直後:「善意・道徳的感情への影響」を論じる展開。 → この転換点にこの文を挿入することで、「知性の問題」から「倫理・道徳の問題」へとスムーズにつながる。 ・イ・ロは知性の問題を論じる前の段階。ニは善への愛の窒息が既に論じられた後。 →どちらも接続が不自然になる。 |
問六 傍線部C関連・五字抜き出し(記述)
【設問】 傍線部C「このような状況においてのみ、多数決あるいは満場一致に正当性があるといえよう」以外に、ヴェイユが考える「知性」を必要としないこととして、本文から五字で抜き出せ。
| 【正解】 公認の教義 |
▶ STEP2「本文の表現をそのまま使う」(記述問題の鉄則)
| ・「公認の教義」とは:集団・権力・制度が「正しいこと」として強制する信仰・信条の体系。 ・なぜ「知性を必要としない」のか: →「公認の教義」に従うことは、個人が自ら孤独に思考・判断することを放棄し、集団が定めた正解を受け入れることである。これは知性による探究ではなく、知性を眠らせる行為にほかならない。 ・「公認の教義」はちょうど五字(公・認・の・教・義)。 →本文から直接抜き出せる唯一の該当表現。 傍線部C(多数決・満場一致)と並んで、知性を必要としない「集団的決定の典型例」としてヴェイユが批判する対象。 ○【記述問題の鉄則】本文の表現をそのまま使う。独自の言い換えは不可。 |
問七 傍線部D「このような状況においてのみ」の理由
【設問】傍線部D「このような状況においてのみ、多数決あるいは満場一致に正当性があるといえよう」の理由として最も適切なものを選べ。
| イ 情念に刺激されうる無制限な時間が存在する以外に、生の様態の絶対的な可能性があるため | ロ 死が私の諸可能性の外にある一つの無化であり、生を生の条件とし目的的必然性であるとしても可能には信頼がないということ |
| ハ 集団的情念は個人の思考を調整することができるので、それにもとづく多数決や満場一致の手続きには信頼がおける | ニ 一人一人異なる情念もそれ以上に集団的議論によって得られた同意は法に抵触するものとなり、無効である |
| 【正解】 ハ |
▶ STEP1「対比の構図」で答えを発見
| ○本文が最終的にどの価値基準を選び取っているかを正確に把握できているかを問う問題である。 ・本文終盤では、大衆(巨獣)は「力」や「数」によって価値を決める存在であり、知性はそれとは異なる原理に属する、という対比が明確に示されている。 ・真の知性は、社会的承認、有用性、多数者の支持といった基準から切り離された、非人格的な価値として位置づけられる。 ○したがって正解選択肢は、知性を「社会的に役立つもの」や「大衆に理解されるもの」として肯定せず、本文の最終的価値判断を最も過不足なく言い換えている選択肢である。 ○誤りの選択肢は、知性を社会的効用と結びつける、個人の感情や人格に回収する、本文が否定した大衆的価値基準を前提にするといった点で本文と矛盾するため除外できる。 |
■ この問題の攻略ポイントまとめ
| ① ヴェイユ思想の3つのキーワード ・「非人格的なもの(le impersonnel)」…公正・真実・美など、個人の人格を超えた普遍的価値への志向。 ・「巨獣」(プラトンの比喩)…大衆・集団・国家が形成する情念と欲求の塊。個人の知性を飲み込む存在。 ・「根をもつこと」…個人が孤独に探究する知性と、それを支える社会的条件の両立。 ② 3ステップの活用法 ・STEP1:本文を読み始めたら「個人の知性(正)vs 集団・情念(反)」の対比軸を余白に書く。 ・STEP2:選択肢は「どの1語が本文とズレているか」を特定してバツをつける。 ・STEP3:空所・挿入位置は前後の段落の役割(評価・橋渡し・総括)を確認してから判断する。 ③ 記述問題(問六)の鉄則 本文の表現をそのまま使う。独自の言い換えは一切不可。 |
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