
【本動詞と補助動詞】
「テレビを見る。」
「試してみる。」
どちらの文にも「見る(みる)」が使われていますが、「試してみる」には、本来の「見る」という意味はありません。
補助動詞と通常の動詞を見分ける3つのポイント
①補助動詞は「て(で)」に続く形で使われる
②補助動詞はひらがなで表記するのが一般的
③補助動詞は単体では述語にならない(意味が通じない)

【誰から】
地の文(本文)・・・ 作者から
会話文(「○○」)・・・ 話し手から
【誰 へ】
尊敬語・・・動作をしてる人(~が)
謙譲語・・・動作の受け手(~に、を)
丁寧語・・・読者(読んでる私たち)・聞き手
二方面の敬意について具体的に見てみましょう
『源氏物語』若紫の一場面から…光源氏が若紫を引き取りたいと申し出るが尼君は若紫の幼さを理由に光源氏の申し出を断ります
光源氏は何としても若紫を手に入れようと必死で尼君を説得しようとする場面です

「みな、おぼつかなからずうけたまはるものを、所狭う思し憚らで、思ひたまへ寄るさまことなる心のほどを、御覧ぜよ」と聞こえたまへど、
【口語訳】
「みんなその辺の事情は、はっきりと承知しておりますから、窮屈にご遠慮なさらずに、深く思いを寄せております格別な心のほどを、御覧になって頂きたいのです。」と申し上げなさるが
・「聞こえ」…作者から尼君に対する敬意
・「たまへ」…作者から光源氏に対する敬意
左図のように二者に対して敬意を払うことを二方面への敬意と言います
敬意を払う対象が天皇、皇后、中宮など(またはそれに準ずる人)が動作の主体である場合、二重に尊敬語を使う。
「奏す」「啓す」(どちらも「言ふ」の謙譲語) → 「申し上げる」と訳す
分かりやすく言うと、自敬表現は「自分を敬う言葉遣い」であり、竹取物語の「天人の迎へ」の場面では、天人が自分の行動を高貴なものとして表現するために使われている。
古文の自敬表現(自尊敬語)は、話し手が自分自身を敬う表現。竹取物語の「天人の迎へ」の場面で
「その中に王とおぼしき人、家に、 「造麻呂、まうで来」 と言ふに、猛く思ひつる造麻呂も、物に酔ひたる心地して、うつぶしに伏せり。」
とあるが、傍線部の「まうで来」が自敬表現の一例。「造麻呂よ、(王である自分の所へ)参上せよ」
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