内山節について
内山節の生き方と自然
内山節(1950年、東京生まれ)は哲学者として活動する一方、1970年代から東京と群馬県上野村を往復する生活を続けてきました。上野村では畑を耕し、森を歩き、渓流釣りをしながら暮らすという実践的な姿勢の中から、自然の時間に関する独自の思想を育てた人物です。
「関係的時間」としての自然の時間
内山節は著書『時間についての十二章 哲学における時間の問題』(岩波書店、1993年)で、時間を「実態的時間(時計が刻む客観的・均質な時間)」と「関係的時間(自然や他者との関係から生まれる時間)」に区別して考察しました。
同書の目次は「第一章 川の時間/第二章 山里の時間/第三章 森の時間」と自然の場から始まり、第五章で「関係的時間と客観的時間」が正面から論じられます。内山にとって、川・山里・森といった自然の場に存在する時間こそが「関係的時間」の具体的な姿でした。
「関係的時間」は、直線的・不可逆的な実態的時間とは異なり、自然や共同体との関係の中で生まれる、循環的・流動的な性質をもつ時間です。
直線の時間と循環の時間
内山は近代化を、「関係的時間」を解体し「実態的時間」を確立していく過程として捉えました。かつての山里では時間は自然や共同体との関係の中に生まれるものでしたが、近代市民社会の成立とともに、客観的・均質な時計の時間が基準となっていったのです。
「時間と自由の関係について」とのつながり
内山節が「時間と自由の関係について」で述べた、「時計の時間だけを基準とする考え方から脱却し、人間とともにある時間を多様で自由なものにしなければならない」という主張は、この自然の時間論・関係的時間論と直接つながっています。
自然の中で生まれる循環的・関係的な時間を大切にすることが、内山の言う「今という時間を自在につくりだす自由」の具体的な姿の一つと言えます。
著 書
- 『時間についての十二章 哲学における時間の問題』(岩波書店、1993年)
- 『自然と人間の哲学』(岩波書店、1988年)
- 『森にかよう道 知床から屋久島まで』(新潮選書・新潮社、1994年)
要 約
練習問題

《Ⅰ》内山節の「時間と自由の関係について」を読んで、以下の問題に答えなさい。
問題1
内山節は、時間の自由とはどのようなものであると述べているか。
問題2
内山節は、時間の自由を実現するために、どのようなことが必要であると述べているか。
問題3
内山節は、時間の自由と人間の生き方について、どのような考えを持っているか。
問題4
現代社会において、時間の自由が重要である理由を、2つ挙げなさい。
問題1
内山節は、時間の自由には2つのものがあると述べている。1つは、経過する時間を自在に配分する自由である。もう1つは、失われることのない、いまという時間を自在につくりだす自由である。
問題2
内山節は、時間の自由を実現するためには、時間を既成観念から解放し、時間の自由さを回復する必要があると述べている。具体的には、時計の時間だけを基準とする考え方から脱却し、人間とともにある時間そのものを、もっと多様で自由なものにすることが必要だとしている。
問題3
内山節は、失われることのないいまという時間を自在につくりだす自由こそが、人間を平等にし、創造の自由を与えると考えている。この自由は論理的に説明し尽くせないが、人間とは何かを考えさせてくれる自由であり、時間とともにある人間の存在そのものに関わる重要なものだとしている。
問題4
現代社会において時間の自由が重要である理由は2つある。1つは、現代人は時計の時間に支配され、時間を創造する自由を失っているため、それを回復する必要があるからである。もう1つは、「いまという失われない時間を自在につくりだす自由」こそが人間を平等にし、創造の自由を与え、人間とは何かを考えさせてくれるものだからである。

これらの問題は、内山節の文章の内容を理解していることを問うもので、また、現代社会において時間の自由がどのような意味を持つのかを問うものです。

《Ⅱ》内山節の「時間と自由の関係について」を読んで、以下の問題に答えなさい。
問題1
内山節は、時間の自由には2つの種類があると述べています。その2つの種類とは、どのようなものですか。
問題2
「自在に時間を配分する自由」とは、どのような意味ですか。
問題3
「失われることのない今という時間を自在に作り出す自由」とは、どのような意味ですか。
問題4
内山節は、現代人は時計の時間に支配されるようになり、「時間を創造する自由」を失ったと述べています。そして「時間を有効に使う」のではなく「時間を有効につくる」べきだと主張しています。このことについて、あなたはどう思いますか。
問題5
「内山節は、現代人は『失われることのない今という時間を自在に作り出す自由』を失いつつあると述べています。このことについて、あなたはどう思いますか。」
問題1
① 時計によって割り当てられた時間の量を、自らの意志で配分する自由。
② 今という瞬間を自在に作り出す自由。
問題2
自分の意志で時間の使い方を決めることができる自由。
問題3
外部から与えられる「時計の時間」ではなく、自分の内面から生まれる“今この瞬間”を主体的に生きる自由。
問題4(解答例)
内山節の主張に共感する。現代社会では、スケジュール管理アプリやタイムマネジメント術が溢れているが、それらは結局「与えられた時間をいかに効率的に使うか」という発想に基づいている。しかし本来、人間は自分のリズムで活動し、必要に応じて時間の流れ方自体を変えることができたはずだ。例えば、集中している時の「あっという間に過ぎる時間」と退屈な時の「長く感じる時間」は、時計では同じ1時間でも質が異なる。時計に従うのではなく、自分で時間の質を創り出すという視点は、現代人が取り戻すべき重要な感覚だと思う。
問題5(解答例)
解答例①(賛成の立場)
内山節の指摘に強く共感する。現代社会では「タイムマネジメント」や「ワークライフバランス」といった言葉が溢れているが、これらはすべて「限られた時間をいかに配分するか」という発想に基づいている。しかし、子供の頃を振り返ると、夢中で遊んでいる時は時間を忘れ、自分で時間を創り出していた感覚があった。内山節が述べる「いまという失われない時間」とは、時計に追われるのではなく、自分の存在そのものと一体化した時間のことだろう。現代人がこの感覚を取り戻すことは、真の意味での自由を回復することにつながると思う。
解答例②(課題を指摘する立場)
内山節の主張は哲学的には正しいが、実践は簡単ではない。確かに「いまという時間を創り出す自由」は人間の本質的な能力だが、現代社会は時計の時間を基準に組織されており、個人だけがこの自由を実践するのは困難だ。ただし、内山節の指摘は、私たちが時間の自由を「余暇時間の確保」という量的問題にのみ還元してきたことへの警告として重要である。スケジュール管理だけでなく、目の前の瞬間に集中し、時間の質を変える実践を、日常の中で少しずつ取り入れることが現実的な第一歩ではないだろうか。
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これらの問題は、内山節の文章の理解度を問うものです。問題1は、文章の最も重要な部分を問う問題です。問題2と問題3は、文章の具体的な内容を問う問題です。問題4と問題5は、文章の内容を踏まえて、自分の考えを述べる問題です。これらの問題を解くためには、内山節の文章をよく読み、その内容を理解する必要があります。また、文章の内容を踏まえて、自分の考えを整理して述べることも重要です。
🌿 内山節「ゆらぎ」が示す自然の時間の大切さ
内山節は随筆「ゆらぎ」の中で、私たちが持つ価値観を時間の長さという尺度で検証することを提唱しています。
まず内山は、経済の拡大・自然の改造・効率や合理性の追求といった近代的な価値観が、日本では戦後の五、六十年間にすぎないと指摘します。つまりこれらは、長い人間の歴史の中では「ほんの短期間のものにすぎない価値観」であり、どの時代にも通用してきたわけではない、ということです。
一方、「人間は自然とともに生きている」という価値観は長い歴史を持っています。近代の一時期に忘れかけただけで、いつの時代も人々は自然に感謝し、自然の恵みを感じながら生きてきた—そこには「いつの時代にも通用する価値観がある」と内山は述べています。
そして「ゆらぎ」の結びにおいて、内山はこう言います。
「新しい発想は、ゼロから生まれてくるわけではない。どこかにヒントがある。そのヒントを、私は、長い間消費されなかった価値や価値観から探す。そこに、哲学の構想力がある。」
この「長い間消費されなかった価値や価値観」こそ、人間は自然とともに生きるという人間本来の姿です。「時間と自由の関係について」で内山が述べた、時計の時間の拘束から精神を解き放ち「人間とともにある時間を多様で自由なものにしなければならない」という主張は、この思想と深くつながっています。
探究的な考察
はるか: みんな、今日の内山節の文章読んで、どう思った?「時計に支配された時間」と「いまを生きる時間」って、すごく対照的だよね。
ゆうき: 正直、最初は「時計に支配された時間」って言葉にピンとこなかったんだよね。でも考えてみると、僕たち毎日時計に追われてるじゃん。朝7時に起きて、8時半までに学校に着いて、50分授業を6時間…
はると: あー、それ分かる!部活でも「あと30分で終わり」って時計ばかり気にしてる。でも、たまに夢中になって練習してるときって、時間の感覚が全然違くない?
はるか: そう!それがまさに「いまを生きる時間」なんじゃない?内山節は、この時間は「経過せず、常に存在し続ける」って書いてるけど、どういう意味だと思う?
ゆうき: うーん…。時計の時間って、1分経ったら次の1分が来て、どんどん過ぎていくじゃん。でも「いまを生きる時間」って、その瞬間、瞬間が濃密で、時間が存在し続けるみたいな感じ?
はると: そうそう!例えば、友達と本当に楽しく話してるときって、「あっという間」って感じるけど、同時にその時間がすごく充実してる。時計では30分だったとしても、体感的にはもっと長い時間を過ごした気がする。
はるか: 面白い話だね。でも、社会生活を送る上で時計の時間は必要でしょ?電車だって時刻表があるから成り立ってるし…
ゆうき: そうだよね。でも、内山節は時計の時間を否定してるわけじゃないと思う。問題は、時計の時間「だけ」で生きることなんじゃない?
はると: あ、それ重要だ!僕たちって、時計の時間に合わせることばかり考えて、自分の時間を見失ってるのかも。例えば、テスト勉強でも「3時間やったから大丈夫」じゃなくて、「理解できるまで」っていう自分の時間で考えた方がいいよね。
はるか: まあね…。あ、それと、内山節は「人間を平等にし、創造の自由を与える」って書いてるけど、これってどういう意味だと思う?
ゆうき: 『いまを生きる時間』が人間を平等にするって、どういう意味だろう?本文には老人の話が出てきて、『私も、若い人も、生まれたばかりの子供も、同じように生きているのです』って言ってたよね。つまり、経過する時間だと老人は残り時間が少なくて若者は長いけど、『いまという時間』には年齢による差が生じないってことかな?誰もが同じように『いま、ここ』を生きているって意味で平等なんだと思う。
はると:年齢による差がないってことか!確かに本文では、80歳近い老人が『私も、若い人も、生まれたばかりの子供も、同じように生きているのです』って言ってたよね。経過する時間で考えると、老人は残り時間が少ないように見えるけど、『いまという時間』を生きているという点では、老人も若者も子供も全く同じなんだ。この時間には年齢による差が生じないから、人間を平等にするってことなんだね。
はるか: あと、もう一つ、『創造の自由』について。本文では『この時間は人間の存在そのものとともにあるからであろう。ここでは、時間は自由に変わり、自由につくりだされていく』って書いてある。つまり、時計の時間のように決まった流れじゃなくて、人間が自分で時間をつくりだせるってことが創造の自由なんだと思う。
ゆうき: 確かに!本文でも子供の頃の例が出てたよね。『時間は、子供たちの手で勝手につくりだされていた。子供たちは遊びの時間をつくりだし、友達との会話の時間をつくりだした』って。時計に従うんじゃなくて、自分たちで時間を創造していたんだ。
はると: でも、内山節は具体的にどうすればいいって言ってるの?
はるか: それがめっちゃ重要な課題よね。でも本文では『時間を既成観念から解放しなければならない』『時間の自由さを回復してみたい』っていう抽象的な方向性しか示されてないんだよね。具体的な方法までは書いてない。
ゆうき: じゃあ、私たち自身で考えないといけないってことか。本文の趣旨を理解した上で、どう実践するかは読者に委ねられてるんだね。
はると: そうだね。内山節が最後に言ってる『人間とともにある時間そのものを、もっと多様で、もっと自由なものにしなければならない』っていうのが、私たちへのメッセージなんだと思う。時計だけじゃない、いろんな時間の感じ方があるってことを意識することから始まるのかもね。
はるか: そうか。みんなの意見を聞いて思ったんだけど、内山節が言いたいのは、私たちがもっと自分の時間感覚を大切にして、豊かな生き方をしようってことなのかもしれないね。
- 時計に支配された時間とは異なり、「いま」を生きる時間の重要性。この時間は経過せず、常に存在し続けることで、人間を平等にし、創造の自由を与える
- 時間を自在に配分する自由と、失われることのない「いま」という時間を自在に作り出す自由の二つの側面
- 私たちが日常で経験する時間は、既成観念から解放され、もっと多様で自由なものであるべきだという主張
これらのテーマは、時間の価値や使い方、そして私たちの生活における自由の本質についての議論を深めるための出発点となります。また、時間と自由の関係をどのように理解し、日々の生活にどのように適用するかについても考察することができます。このテーマは、時間管理や個人の自由に関する現代的な問題にも繋がるため、多くの議論の余地があります
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