
「羅生門」(全4時間)

ここでは4時間(50分授業)で実施する予定で「羅生門」を授業で扱う場合を取り上げます。ここで想定しているのは学力的は平均的な生徒たちで、プリント学習などに真面目に取り組む生徒たちです。
アクティブラーニングを実施する手順は以下の通りです
※下の方には私が作成したYouTubeの動画もあります(参考になれば幸いです)

※グループ分け
・音読
1:読解(インプット)
2:説明(アウトプット)
3:読解(インプット)
4:説明(アウトプット)
・まとめ
【一時間目】
【音読】ペア(もしくはグループ)【10分】←時間はあくまでも目安です
ペアかグループができたら
次に音読です(私のオススメはリレー読みです)
注意すべき語句は下にある「羅生門 テスト対策」をご覧ください
最初に範読をしますが(「朗読 羅生門」)
最後まで通してもいいですし、段落ごとに句切っても
かまいません(場面の変化に注意して本文全体を四つの段落に分ける)
遊びにならないようにしっかり読ませましょう
机間巡視をしっかりしてください
教壇に立っていては生徒の活動の様子が分かりません
生徒たちが読んでいる時に読めないところを発見しましょう
簡単なことが分からなかったり意外なことを知っていたりします
生徒の間違いに気づいたらその時点で全体に
正しい読みを伝えます
羅生門 テスト対策
1:【読解】ペア(もしくはグループ)【10分】

正しい情報(客観的な情報)の把握
◆小説に描かれた登場人物・情景・心情などを読み取り、芥川龍之介と時代背景について確認する※【アニメ 羅生門】や教科書、便覧などの写真を見て羅生門(羅城門)のイメージをつかむ
【注】必ず机間巡視や生徒の活動の場に入って何を話しているのか確認します
生徒たちの話し合いを聞いていると彼らが何を読み取ってどんな角度から作品を読み取っているかよく分かります(アクティブラーニングは一方的な知識の伝達ではなく、生徒たちの気づきを待って進めていく授業です)
2:【説明】ペア(もしくはグループ) 【10分】

◆第一段を読んで「下人」の内面について考える。※「下人」の悩みの内容が何なのかを話し合わせる。
【注】机間巡視をしながら生徒たちの言葉に耳を向けます
下人に関する表現を拾い集めて話している声が聞こえてきたらうまく進んでいる証拠です
3:【読解】ペア(もしくはグループ) 【10分】

ペアやグループによってはうまく話が進まなかったり、少しふざけて真面目に考えない生徒が居たりしますので一度読み取った内容を整理します。先生がまとめてもいいですが、できれば生徒たちに積極的に発言させたいですね。
【注】第一段落の場面や下人のどんな心情が前提となって第二段落に続くかを考えさせます
4:【説明】(グループ)※省略可【10分】
次に「学習課題ノート」などの問題(第一段落)を解かせましょう

しっかりと読み取りが出来ていれば答えを出すのは簡単にできるはずです
【二時間目】
【音読】(グループ)※ペアでもかまいません【10分】←時間はあくまでも目安です
第二段落を音読させます
前回の授業から時間が空いていれば
音読は不可欠です
仮に連日の授業でも私は音読をさせます
内容を何度も確認させ、その後の授業に入りやすくします
1:【読解】ペア(もしくはグループ)【10分】

前回の学習内容の確認のあと
「第二段落で『下人』の行動がどのように変化したか」と板書し、それぞれのペアで読み進める
【注】生徒たちが読み込んでいる時や考えている時は待つことが大事です
生徒たちが集中して静かだと多少の不安を感じるかもしてませんがそこはグッとこらえて生徒たちが読み終えるまでそっと見守って行きましょう
どんなに読解力がある生徒でも先生が思うほど簡単には読めません
もしここに時間がかかって一時間が過ぎたとしてもまったく問題ではありません
2:【説明】ペア(もしくはグループ)【10分】

第二段を読み、下人の行動と心境の変化について一人が相手に説明します。教科書を見ながら前から順番に気になる表現を拾わせてもいいでしょう。どこまで読み取ればいいか、その基準を示したいなら最初にプリントを作ってもいいですね(私は指示を板書してノートにまとめさせます)
アクテイブラーニングは「対話的で深い学び」と定義されています
正直に言えば子供たちの活動に頭でっかちの大人が考えた用語を当てはめるべきではないと思います
なぜなら、どんなに成績優秀でも高校生はまだ子供です
子供たちに大人の考えを当てはめようとしても必ず齟齬が生じますから
それに私たち大人でさえ毎日、勉強なんてしたくもないと思います
「子供たちを自然に授業に参加させるためにどうするか」ということが一番重要です
3:【読解】ペア(もしくはグループ)【10分】

2:【説明】でお互いの読み取りを確認したら今度はノートを使ってまとめさせます。(気の利いた生徒ならすでに2:【説明】の時点でノートにメモしてるでしょうからその子を中心としてまとめさせるように指示します)
ここでは作業させます
下人の変化を箇条書きにして書き取らせます
ノートに書き写すだけでも授業に参加してる感じが教室に出てきます
4:【説明】(グループ)※省略可【10分】
次に「学習課題ノート」などの問題(第二段落)を解かせましょう

授業の最後には学習ノートをやるというリズムを付けておくと生徒にとってはルーティンとなりテスト前に課題ノートを復習する習慣が付きます。課題ノートを導入しても使わない学校もあるとは思いますがここではの作業のひとつとして授業に組み込んだ実践を上げておきます。
模範解答を見ながらやらせるのではなくあくまでも自分がノートにまとめたことを書かせるようにします
【三時間目】
【音読】(グループ)※ペアでもかまいません【10分】
第三段落を音読させます

私は国語の授業に関してはとにかく音読が大事だと考えています。斎藤孝先生の「国語は体育だ」というお考えにとても近い発想です。
1:【読解】ペア(もしくはグループ)【10分】

「下人に関する描写」と「老婆に関する描写」と板書しそれぞれ読み進める。黒板を上下に分け(真ん中に横線を引き)上に下人下に老婆と板書して順番にそれぞれに関する描写を抜き出すように伝えます。
2:【説明】ペア(もしくはグループ)【20分】

1:【読解】で読み取ってノートにまとめたものをお互いにシェアします。※グループなら班長に指示を出させて一人が読み上げたものをほかのメンバーが聞き取りながら意見を出し合います。
3:【読解】ペア(もしくはグループ)【10分】

「下人に関する描写」と板書してあるところにそれぞれのペア(グループ)の読み取りをまとめます。答える人を指名して板書させましょう。(下人と老婆をそれぞれ1人か2人に書かせます)
生徒たちの活動で必ず全ての答えが出てくるわけではありませんのでそこは先生が板書を工夫しながらまとめてください
下人や老婆の心境を示す表現は「赤」を使うなど色を使い分けると見やすくなって生徒たちも一目で流れが分かると思います
この時間はここまで進めばオーケーです
【四時間目】
【音読】ペア(もしくはグループ)【5分】
第四段落をリレー読みします
私の授業で音読は欠かせません
でも、何度も音読をしていると生徒たちは楽しんで読むようになります
先生が読ませるのとは違った雰囲気が出てきます
音読が当たり前になるまで根気強くやりましょう
1:【読解】ペア(もしくはグループ)【10分】

「老婆の話を聞いて下人の気持ちがどのように変化したか」と板書して読み取りをすすめましょう。
「老婆」の主張を聞いた後の「下人」の心境や行動がどう変わったか考えさせ老婆や下人のその後についても考えさせます
2:【説明】ペア(もしくはグループ)【20分】

1:【読解】で読み取ってノートにまとめたものをお互いにシェアします。※グループなら班長に指示を出させて一人が読み上げたものをほかのメンバーが聞き取りながら意見を出し合います。
3:【読解】ペア(もしくはグループ)【10分】

「老婆の話を聞いて下人の気持ちがどのように変化したか」と板書してあるところにそれぞれのペア(グループ)から答える人を指名して板書させましょう。(下人と老婆のその後についてもここで書かせてもいいと思います)
4:【説明】まとめ
最後に主題についてまとめましょう
板書された下人の気持ちの変化について考えさせます
「生きるために仕方のない悪は許される」
そういう短絡的な結論にならないようにしっかり説明しましょう
この時代の特殊性をしっかりと説明して
作者の意図を考えさせます
作者は本来「下人の行方は誰も知らない」ではなくて
「下人は、既に、雨を冒して、京都の町へ強盗を働きに急ぎつつあった。」
と書かれていたそうです
なぜ芥川はこのように改稿したのか
ここはいろいろな感想があっていい部分だと思います
生徒たちの記憶に残ることが何より大切なことだと
思うので正解を求めるは必要ないと私は考えています
性善説か性悪説か、どちらの立場であっても
高校生にしっかりと考える時間を取らせることが重要です

最後に私が教えた留学生のレポートを紹介します。このレポートには彼女の強い思いが込められています。私も読んだときにハッとしました。
留学生が読んだ「羅生門」
読み始めた瞬間から、これが非常に深い意味を持つ物語であることは明らかでした。1915年に書かれたこの作品は、特に細部の描写において、高度な表現が使われています。冒頭から、作者は第三者の視点で登場人物を描写しており、場面全体を広く把握していることを示しています。これには、コオロギの鳴き声や雨の情景といった細部が含まれ、静かで暗く、荒涼とした感情を強調しています。ここでの孤独は、誰もが自分のことだけで手一杯であることを意味しています。かつて誰かが言ったように、「雨の中で一人座っているからといって、人々があなたを気の毒に思うことを期待してはいけない」のです。紛争と混乱という背景の描写は、それを理解させてくれます。そのような時代を生き延びるには、共感だけでなく、信仰さえも犠牲にされるようです。これは、仏像すらも無視されていることからわかります。生き残ることが、何よりも現実的なものとして描かれています。反乱は非常に明確に描かれています。おそらくそれは、強制されたものと呼べるでしょう。その日の食べ物を手に入れることすら困難な、息が詰まるような状況によって強制されたものです。社会はしばしば、国の状態、政府、そしてその中の役人たちを映し出す鏡となります。経済的・社会的システムは回り続けますが、そこに根付いた貧困を光のもとに引きずり出すことを拒みます。短編小説の描写は、非常にリアルに感じられます。自然災害や荒廃した村々があり、その時代の生活の輪の中に野生動物が引き込まれています。泥棒たちは、互いに盗み合っているのかもしれません。仏具は盗まれて売られ、最も恐ろしいことに、羅生門の近くの楼閣に死体がそのまま捨てられています。おそらく最も残酷なのは、混乱の結果として、その時代の人々の考え方そのものです。侍の下人は、長年の忠誠の後に解雇されます。これもまた、混乱の結果です。彼は雨が止むのを待って座っていますが、何の明確な目的もありません。これは、当時の人々の感情的な麻痺を表しているようです。「悲しんでも意味がない。どうせみんな苦しんでいるのだから。これは混乱だ。そして私はそれを自分の目で見ている。私にできることは何もない」と。大体、それが彼の心の中で響いているようです。
侍の下人が経験する内面の葛藤は、完全な共感の喪失や生来の残酷さというよりも、社会に広がる強制感を示しています。極度の困窮の中でも、人間はまだ良心を持っています。ただ、現実の厳しさが、行動の背後にある理想主義や、人の尊厳を操作するのです。侍の下人が楼閣に登り、老婆の行動を目撃したとき、彼は道徳的な問いに直面します。生き延びるために同じことをしている人から何かを奪うことは、間違っているのだろうか?ここで、道徳的な曖昧さは、終わりのない循環のように、非常に現実的に感じられます。生活の状況が、人々に理想的な原則を変えさせるのです。尊厳、道徳、あるいは生存そのものについての原則が、相対的なものになります。良心は、孤独の中で最もよく現れます。最初、彼は老婆が口にするような理屈を決して考えませんでした。それは、「みんなが生き延びるために同じことをしているのに、私がこれを避けて何になるのか?」と考えるようなものです。大体、そういう考えです。そのような瞬間に、教訓が現れます。人は周囲を真似する傾向があるのです。それが正しいか間違っているかに関係なく、一般的に受け入れられていることに従うだけです。環境は途方もない影響力を持っています。他者に影響を与える言葉の力もあります。最初、下人が老婆の行為を見ただけのとき、彼はまだ自分の原則を固く守っていました。しかし、老婆の説明が、彼の心を完全に変えてしまいます。その考えが彼を、つい先ほどまで激しく軽蔑していた行動へと導くのです。これは、言葉がいかに強力であるかを示しています。人は、簡単に揺さぶられないために、少なくとも確固たる理解や確固たる信念を必要とします。これは今日でも見られます。人々は、扇動によって互いを憎むようになり、友情を壊します。ゴシップ番組は、中傷によって有名人の人生を台無しにすることができます。サイバーいじめは、告発が必ずしも真実でなくても、人の精神状態を破壊することができます。何かを直接見ていないからといって、それが起こらなかった、あるいは存在しないという意味ではありません。人々は、状況の背後にある理由を本当に理解することなく、あまりにも早く結論に飛びつきます。誰もが異なる視点から見ているのです。適切な読解力と批判的思考力があれば、人々は簡単に影響されたり、すぐに何かを信じたり、行動に飛びついたりするのではなく、さらに先を考えることができるはずです。
それに加えて、同情と社会的関心、つまり人間性そのものは、依然として重要です。言葉は常に有害とは限りません。これからは、おそらく人々は、自分の発言と思い込みの両方について、もっと注意する必要があります。一つの発言が、他の人の人生をずっと悪くしたり、ずっと良くしたりする可能性があります。言葉と思い込みは、人の考え方を作り変えることもできます。したがって、優しく話し始めること、そして他者や自分自身についても最善を想定することが重要です。もし下人が盗みたいという欲望に抵抗できていたら、時間が経つにつれて、以前の立場を誇りに思えたかもしれません。絶望的な状況で明確に考えることは、確かに困難です。しかし、もう少し耐えることで、より深い教訓がいずれ明らかになるかもしれません。忍耐は、解決策を見つけやすくします。忍耐があれば、前向きな思考もより達成しやすくなります。もう一つ:政治はここで重要な役割を果たしているようです。社会の状態は、政府のシステムを映し出します。散らかって無秩序な箱や容器は、静的なので、比較的簡単に整理し直せるかもしれません。一方、人間の生活ははるかに複雑で動的であり、社会的、経済的、感情的な多くの側面に満ちています。混乱した政府は、確実に人々に害をもたらします。飢えと貧困は、犯罪の根源となり得ます。これが極度の困窮が意味するものかもしれません。人々が、尊厳が生き延びるチャンスよりも価値が低いかどうかを、もはや明確に区別できなくなるときです。
羅生門は、緊張感があり、忘れがたい雰囲気を鮮やかに呼び起こす物語です。冒頭から、第三者の視点で述べられ、全体的な描写が与えられていました。人間性と親密さが枯れ果て、空虚さを残した社会を描いています。この物語を通して、困窮がしばしば二つのものに近いところにあることが、驚くほど明確になります。強い道徳的良心と犯罪行為です。人々は飢えのために互いを殺すかもしれません。しかし、同じ理由で互いを助けるかもしれません。この共有された状況が、社会を同じように行動させるように見せます。本当に強い良心を持つ人だけが、悪行を犯すことに抵抗できるのです。これは、道徳が長い間、考察の対象であったことを示唆しています。作者が、あれほど完全に恐ろしい設定の中で道徳を描き出せることは、驚くべきことです。この物語は、時代を超えたメッセージを伝えています。たとえ誰もそれを選ばなくても、善い行いは善いままであり、たとえ誰もがそれを行っても、悪い行いは悪いままである、と。
Rashomon
From the very beginning of reading it, it was clear that this is a story with a very deep meaning. Written in 1915, it certainly uses a high level of diction, especially in describing its details. From the start, the author presents the character from a third-person point of view, signaling a broad command of the atmosphere. This includes the details of the crickets and the rainy setting, emphasizing a quiet, dark, and desolate emotion. The loneliness here means that everyone is only preoccupied with themselves. As someone once said, “Don’t expect people to feel sorry for you just because you are sitting there alone in the rain.” The description of the backdrop of conflict and chaos makes that understandable. To survive such times, it seems that not only empathy is sacrificed, but also faith. This can be seen from the Buddha statues that are also ignored. Survival appears more real than anything else. The rebellion is depicted very clearly. Perhaps it can be called something forced. Forced by a suffocating situation, where getting food for that very day is already difficult. Society often becomes a reflection of a nation’s condition, its government, and the officials within it. The economic and social systems keep turning, but refuse to drag the poverty embedded in them into the light. The descriptions in the short story feel very real. There are natural disasters and villages laid to waste—drawing wild animals into the wheel of life of that era—thieves, who may well be stealing from one another in turn, Buddhist ornaments that are stolen and sold, and, most gruesome of all, corpses dumped just like that in the tower near the Rashomon gate. Perhaps the cruelest thing is actually the way people think in that period as a consequence of the chaos. The samurai’s servant is dismissed—once again, a result of the turmoil—after years of loyalty. He sits waiting for the rain to stop, yet without any clear purpose. This seems to illustrate the emotional numbness of people at that time. “There’s no point in feeling sad; everyone is struggling anyway. This is chaos. And I am witnessing it with my own eyes. There is nothing I can do.” That, roughly, is what seems to echo in his mind. The inner struggle experienced by the samurai’s servant signals a sense of coercion that pervades society, rather than a complete loss of empathy or inherent cruelty. Even in the depths of destitution, humans still possess a conscience; it is just that the harshness of reality manipulates the idealism behind an action, or a person’s dignity. When the samurai’s servant climbs the tower and witnesses the actions of the old woman, he is confronted with a moral question: is it wrong to take something from someone who is doing the same thing in order to survive? Here, moral ambiguity feels extremely tangible, like a never-ending cycle. The conditions of life push people to alter their ideal principles—whether about dignity, morality, or survival itself. Principles become something relative. Conscience most often emerges in solitude. At first, he never considered the kind of reasoning voiced by the old woman. It is like thinking, “What is the use of me avoiding this if everyone is doing the same thing to survive?” That is roughly the idea. In moments like that, a lesson emerges: people tend to imitate their surroundings. They merely follow what is commonly accepted, regardless of whether it is right or wrong. The environment exerts a tremendous influence. There is also the power of words in influencing others. At first, when the servant only sees the old woman’s deed, he still holds firmly to his principles. Yet the old woman’s explanation makes him completely change his mind. That thought then leads him to an action that, just moments before, he intensely despised. This shows how powerful words can be. A person needs at least a solid understanding or firm convictions in order not to be easily swayed. This can be seen even today: people grow to hate one another and break friendships just because of incitement. Gossip programs can ruin a celebrity’s life through slander. Cyberbullying can destroy a person’s mental state, even when the accusations are not necessarily true. Just because something is not seen firsthand does not mean it never happened or does not exist. People jump to conclusions too quickly, without truly understanding the reasons behind a situation. Everyone sees from a different perspective. With proper literacy and critical thinking, people should be able to think further ahead instead of being easily influenced, believing something immediately, and rushing into action. Besides that, sympathy and social concern—humanity itself—still matter. Words are not always harmful. From now on, perhaps people need to be more careful with both their speech and their assumptions. A single remark can make another person’s life much worse, or much better. Words and assumptions can also reshape a person’s way of thinking. Thus, it is important to start speaking kindly and to assume the best in others as well as in oneself. If the servant had managed to resist his desire to steal, with time he might have felt proud of his earlier stance. Thinking clearly in a desperate situation is indeed difficult. Yet by holding on a little longer, the deeper lesson may eventually reveal itself. Patience can make it easier to find a solution. With patience, positive thinking also becomes more attainable. One more thing: politics seems to have a significant role here. The state of a society mirrors the system of government. A box or container that is messy and disorganized might still be rearranged fairly easily because it is static. Human life, on the other hand, is far more complex and dynamic, filled with many aspects: social, economic, and emotional. A chaotic government will certainly bring harm to its people. Hunger and poverty can become roots of criminality. This may be what is meant by utter destitution—when people can no longer distinguish clearly whether dignity is worth less than the chance to survive. Rashomon is a story that vividly evokes a tense and haunting atmosphere. Since the beginning, it already mentioned with 3rd person perspective, given description as whole. It portrays a society where humanity and kinship have withered away, leaving emptiness behind. Through this tale, it becomes strikingly clear that deprivation often stands close to two things: a strong moral conscience and criminal acts. People may kill one another out of hunger — yet they may also help each other for the same reason. This shared condition makes society appear to act in similar ways. Only those with a truly strong conscience can resist committing evil deeds. This suggests that morality has long been a subject of reflection. It is remarkable how the author manages to depict morality within a setting so utterly dreadful. The story conveys a timeless message: even if no one chooses to do it, a good deed remains good — and even if everyone does it, an evil act remains evil.
この文章は、インドネシアからのある留学生(イスラム教徒)が書いた芥川龍之介の「羅生門」についての感想文です。分かりやすく要約すると次のようになります。以下にポイントを要約します。
物語の背景 1915年に書かれたこの作品は、戦乱と貧困で荒廃した社会を描いています。人々は生き延びるのに必死で、共感や信仰さえも失われています。侍の下人は主人に解雇され、雨宿りをしながら途方に暮れています。
物語の中心 下人が楼閣で、死人の髪を抜く老婆を見つけます。最初は憤りを感じますが、老婆が「生きるためには仕方がない」と説明すると、下人は考えを変えてしまいます。そして、さっきまで軽蔑していた行為と同じように、老婆から着物を奪って逃げるのです。
結論(筆者の考え) この物語が教えるのは以下の点です
- 極度の貧困は、人の道徳観を揺るがす
- 言葉の力は強く、人の考えを簡単に変えてしまう
- 環境や周囲の影響は大きく、人は周りに流されやすい
- だからこそ、しっかりした信念と批判的思考力が必要
- 政治の混乱は社会を荒廃させ、犯罪を生む
彼女の最も重要なメッセージ:「誰もしなくても、善い行いは善い。誰もがしても、悪い行いは悪い」 つまり、周りがどうであれ、善悪の基準は変わらないということです。
私は彼女のレポート読んで、ハッとしました。これこそ、現代の日本人が忘れている感覚なのだろうと。この作品を高校生が読む意義はまさにここにあるのではないでしょうか?
Comments on Your Report
Reading your report, I was deeply moved. Your sincere and thoughtful approach to examining human morality through the classic work “Rashomon” really came through clearly.
The theme of “Rashomon” ultimately boils down to “the weakness of the human heart when pushed into extreme circumstances.” In the midst of famine and chaos, Akutagawa Ryunosuke coldly depicted how the samurai’s servant gradually abandons his moral principles. The work raises a fundamental question: how easily do humans discard their values when society collapses?
But as I read your report, I noticed something important. You’re not accepting the work’s pessimism and distrust of humanity at face value—instead, you’re bringing a different set of values to it.
You hold the belief that “only those with a truly strong conscience can resist committing evil deeds” and that “morality is universal and absolute.” And your conclusion—that “good deeds remain good and evil acts remain evil, no matter the circumstances”—is remarkably powerful. This reflects a belief that humans, regardless of their situation, still possess both the capacity and the responsibility to make moral choices.
Actually, this is a value that modern Japanese people, in particular, have lost in many ways.
Japan’s traditional religions—Shintoism and Buddhism—once emphasized “the conscience that dwells within humans” and “faith in what is right.” But during Japan’s post-war period, especially with the rapid economic growth and pursuit of material wealth, many Japanese people abandoned these spiritual values. Today’s Japanese society is dominated by relativism and utilitarianism. Ideas like “ethics change depending on the situation” or “if everyone’s doing it, it’s fine” have become widespread.
The faith-based values you hold—your belief in “universal moral standards” and the conviction that “good conscience should be maintained even in difficulty”—strike me as genuinely fresh and precious. These values naturally spring from your religious background and form an unshakeable spiritual core within you.
Why does “Rashomon” continue to be read today? Because this work doesn’t merely depict human weakness—it poses a deeper question: when we face that weakness, how should we live? And your report answers that question with a strong, faith-based conviction.
There’s a part in your essay where you mention that “patience can make solutions easier to find” and “with patience, positive thinking becomes more attainable.” This isn’t mere optimism—it’s true strength supported by spiritual discipline and faith.
If you continue to hold onto this sincerity and conviction as you move forward, you will undoubtedly become someone who makes a real impact on the world. Japan’s society genuinely needs people like you—those who can build bridges between people from different cultural backgrounds.
I truly wish you success and continued growth in your future.
あなたのレポートを読んで、深く感動しました。古典作品「羅生門」を通して人間の道徳を考察するあなたの誠実で思慮深いアプローチが、はっきりと伝わってきました。
「羅生門」のテーマは、突き詰めると「極限状況に追い込まれたときの人間の心の弱さ」に行き着きます。飢饉と混乱の中で、芥川龍之介は侍の下人が徐々に道徳的原則を捨てていく様子を冷徹に描きました。この作品は根本的な問いを投げかけています。社会が崩壊したとき、人間はどれほど簡単に自分の価値観を捨ててしまうのか、と。
しかし、あなたのレポートを読んで、私は重要なことに気づきました。あなたは作品の悲観主義や人間不信をそのまま受け入れているのではなく、それとは異なる価値観を持ち込んでいるのです。
あなたは「本当に強い良心を持つ人だけが悪行に抵抗できる」「道徳は普遍的で絶対的なものである」という信念を持っています。そして、あなたの結論である「どんな状況でも、善い行いは善いままであり、悪い行いは悪いままである」というのは、実に力強いものです。これは、人間は状況に関係なく、道徳的選択をする能力と責任の両方を持っているという信念を反映しています。
実は、これは現代の日本人が、多くの面で失ってしまった価値観なのです。
日本の伝統的な宗教である神道と仏教は、かつて「人間の内に宿る良心」や「正しいことへの信仰」を重視していました。しかし、日本の戦後、特に高度経済成長と物質的豊かさの追求の中で、多くの日本人はこれらの精神的価値観を捨ててしまいました。今日の日本社会は、相対主義と功利主義に支配されています。「倫理は状況によって変わる」とか「みんながやっているなら大丈夫」といった考え方が広まっています。
あなたが持つ信仰に基づいた価値観、つまり「普遍的な道徳基準」への信念と「困難な中でも良心を保つべきだ」という確信は、私には本当に新鮮で貴重なものに思えます。これらの価値観は、あなたの宗教的背景から自然に生まれ、あなたの中に揺るぎない精神的核を形成しています。
なぜ「羅生門」は今日も読み続けられているのでしょうか?この作品は単に人間の弱さを描いているだけでなく、より深い問いを投げかけているからです。その弱さに直面したとき、私たちはどう生きるべきか、と。そして、あなたのレポートは、その問いに対して、強い信仰に基づいた確信をもって答えています。
あなたのレポートの中に、「忍耐は解決策を見つけやすくする」「忍耐があれば前向きな思考もより達成しやすくなる」という部分があります。これは単なる楽観主義ではありません。精神的な訓練と信仰に支えられた、真の強さなのです。
あなたがこの誠実さと確信を持ち続けて前進していけば、間違いなく世界に真の影響を与える人物になるでしょう。日本社会は、あなたのような人を本当に必要としています。異なる文化的背景を持つ人々の間に橋を架けることができる人を。
あなたの将来の成功と成長を心から願っています。





