


山崎正和 「水の東西」は『混沌からの表現』に収められてます
要 約
第一段落
「ししおどし」は、竹のシーソーに水受けがついていて、筧の水が少しずつたまる。静かに緊張が高まり、水受けがいっぱいになるとシーソーは傾いて水をこぼす。その瞬間、竹が石をたたいて、くぐもった音を立てる。この単純なリズムは、無限に繰り返され、庭の静寂と時間の長さを引き立てる。ニューヨークの銀行で見たとき、忙しい人々にはあまりゆとりがなく、噴水のほうが気持ちをくつろがせていた。
第二段落
ヨーロッパやアメリカの町の広場には美しい噴水が至る所にある。有名な庭園では、噴水は風景の中心となり、さまざまな趣向を凝らしている。ローマ郊外のエステ家の別荘などでは、何百もの噴水が庭を埋め尽くしている。樹木や草花は添え物に過ぎず、壮大な水の造型が静止しているように見える。
第三段落
日本の伝統的な庭園や風景には、自然の流れる水が美しいとされている。しかし、噴水は日本の伝統にはあまり見られない。西洋の都市では噴水が広場や公園の中心に配置され、美しい造形が人々を引きつける。一方で、日本の都市では噴水はあまり一般的ではなく、広場が表情に乏しい印象を与えることもある。西洋の空気が乾燥しているため、人々は噴水を求めた。また、ローマ以来の水道技術が噴水の発展に寄与した。しかし、日本人にとって、水は自然に流れる姿が美しく、圧縮や造形は重視されなかった。
第四段落
水は形を持たないものであり、その無形の特性に対して日本人は独自の好みを持っていた。仏教的な言葉「行雲流水」は、形のないものを恐れずに受け入れる心のあり方を表している。また、水を見ることよりも、流れの音を感じることが大切であり、日本人の水鑑賞の極致は「鹿おどし」のような仕掛けに表れている。
参考動画



以下の動画を参照しながら本文を読んでください
テスト対策






※第三段落は下のテスト対策動画に入っています
練習問題
テスト対策 no.1(第一段落)
- カタカナを漢字にせよ。(1)アイキョウ (2)キョクチ (3)トロウ (4)ソウダイ (5)カンゲキ
- 意味を答えよ。(ア)「息をのむ」 (イ)「間が抜ける」 (ウ)「行雲流水」
- 第1段落「人生のけだるさ」を感じさせるものを本文中の二字で答えよ。
- 「なんとなく人生のけだるさのようなもの」を感じるのは何故か。(30字以内)
- 「それをせき止め」の「それ」は何を指すか。
- 「かえって流れてやまないものの存在を強調」するのはなぜか。
- 「流れる水」「噴き上げる水」はそれぞれ何を指すか。
- 「東」「西」はそれぞれどこを指すか。
テスト対策 no.2(第二段落)
- カタカナを漢字にせよ。(1)シュコウ (2)リンリツ (3)セイシ
- 次の意味を答えよ。(ア)「名のある」(イ)「添え物に過ぎない」
- 「バロック彫刻さながらだった」を分かりやすく説明せよ。
- 「空間にセイシしているように見える」のはなぜか?簡潔に説明せよ。
- 「時間的な水」「空間的な水」はそれぞれ何を指すか?
- 筆者はなぜ「時間的な水」と表現しているのか?
- 「空間的な水」は「時間的な水」を対比して、どんなことを読者に印象付けようとしているか?動画の解説を参考にしてあなたの考えを述べよ。
テスト対策 (第一段落~第四段落)
- カタカナを漢字にせよ。(1)ユルやか (2)ウめる (3)ゾウケイ (4)キョクチ
- 「徒労」の意味を答えよ。
- 「流れる水」「噴き上げる水」に当たるものを次からそれぞれ一つずつ選べ。(平穏 自然 技術 人工 躍動)
- 「日本の噴水」はなぜ、西洋のものほど美しくないのか?
- 「そういう外面的な事情」とは何か?二つ答えよ。
- 「見えない水」「目に見える水」はそれぞれ何を指すか?
- 「そう考えれば~水を鑑賞する行為のキョクチ」と言えるのは日本人にどんな感覚が備わっているからなのか?本文をよく読んで簡潔にまとめよ。
- 西洋では水は「輪郭のある形で表現される芸術的な対象」とされ、日本では「流れや変化する様子を捉えた芸術的な対象」とされる傾向がある。日本人がそのように水を捉えるのは日本人のどのような心の現れのためだと筆者は述べているか。二十字以内で抜き出せ。
語句の確認
探究的な考察
以下のそれぞれの( )に入る言葉を考えましょう(クリックすると答えが出ます)



水の東西を読んだ感想を聞かせてください。



第一段落では、鹿おどしの持つ雰囲気が描かれていて、音が聞こえるようでした。



でも、本文で述べられていることは、あくまで筆者個人の考えで(3字)みんなの感情じゃないわ。



たしかに「そのせいか東京でも大阪でも、町の広場はどことなく間が抜けて、表情に乏しいのである」って、筆者の(3字)な見方が分かるところだよね。



私も、最後の「日本人が独特な好みを持っている」ってところは、本当にみんな、そんな「好み」を持っているのかなと疑問だった。






それから、第三段落や第四段落では「考えられる」「思われる」「のであろう」が多いわ。もしかして断定を避けてるのかも。



たしかに!結論も「言えるかもしれない」だしね。前半は筆者が直接、見たり聞いたりしたのだけど、後半は(2字)だって言いたいのかも。



ちょっと、待って!筆者の言うとおり日本庭園に人工の池や川はあっても、噴水は少ないわ。日本人が読めば納得できる内容が多いし、単なる個人の感想じゃないと思う。こういう話って、なんて言うのかしら?



文化論と呼んだりしますね



ふうん、文化論かあ。水についての考え方だけじゃなくて、時間と空間の考え方も(2字)から影響を受けるというのも私は納得できる。



そんなふうに読者に感じさせるような説得力のある文章だということですね。



あ、それから、第一段落と第三段落に「我々」という主語が出てくるわ。「我々」はたくさんの「私」って感じだけど、ここでは「日本人」という意味に近いと思うわ。



すごいことに気がついたね。実はここ、テーマを一般化させようとする筆者の意図があると考えられるんです。



「一般化」って?



簡単に言えば「全体に通用させること」だね。「我々」という主語を用いることで、私たち「日本人に(2字)だ」という印象を持たせることになるんです。
日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
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