源氏物語は五十四帖から成り三部に分けられます。
第一部は桐壺(きりつぼ:第一帖)から藤裏葉(ふじのうらば:第三十三帖)まで。
第二部は若菜上(わかなのじょう:第三十四帖)から幻(まぼろし:第四十一帖)まで。
第三部は匂兵部卿(におうひょうぶのきょう:第四十二帖)から夢浮橋(ゆめのうきはし:第五十四帖)まで。
《冒頭部分のあらすじ》
ある帝の時代に、身分は高くはないものの、帝の寵愛を一身に受けている女性(桐壺更衣)がいた。「自分こそが帝に愛されるにふさわしい」と思って宮仕えをしている他の女御や更衣たちにとって、この女性はうとましく、気に食わない存在だった。
そういう周囲の人たちの妬みやそねみが募ったからか、この女性は体調を崩し、実家に帰ることが多くなった。これを見た桐壺帝はますますこの女性(桐壺更衣)を愛しく思い、周りの目を気にすることなく、よりいっそう大切に接した。
朗 読
本 文
いづれの御時にか、女御、更衣 あまた候ひ 給ひける中に、いとやむごとなき 際にはあらぬが、すぐれて 時めき給ふありけり。
はじめより我はと思ひ上がり給へる御方々、めざましきものに、おとしめ そねみ給ふ。
同じほど、それより下臈の更衣たちは、まして安からず。朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふ積もりにやありけむ、いとあつしくなりゆき、もの心細げに 里がちなるを、いよいよ飽かずあはれなるものに思ほして、人のそしりをもえ憚らせ給はず、世の例にもなりぬ べき御もてなしなり。
上達部、上人などもあいなく目をそばめつつ、いとまばゆき人の御覚えなり。唐土にも、かかることの起こりにこそ、世も乱れ悪しかりけれと、やうやう、天の下にもあぢきなう、人のもて悩みぐさになりて、楊貴妃の例も引き出でつ べくなりゆくに、いとはしたなきこと多かれど、かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにて、交じらひ給ふ。
父の大納言は亡くなりて、母北の方なむいにしへの人の由あるにて、親うち具し、さしあたりて世の覚え華やかなる御方々にもいたう劣らず、何ごとの儀式をももてなし給ひけれど、取り立ててはかばかしき 後ろ見しなければ、事ある時は、なほ拠り所なく心細げなり。
前の世にも御契りや深かりけむ、世になく清らなる玉の男御子さへ生まれ給ひぬ。いつしかと心もとながらせ給ひて、急ぎ参らせて御覧ずるに、めづらかなる児の御容貌なり。一の皇子は、右大臣の女御の御腹にて、寄せ重く、疑ひなきまうけの君と、世にもてかしづき聞こゆれど、この御にほひには並び給ふべくもあらざり ければ、おほかたのやむごとなき御思ひにて、この君をば、私物に思ほしかしづき給ふこと限りなし。
口 語 訳
どの帝の御代であったろうか、女御や更衣が大勢お仕えなさった中に、たいして高貴な家柄ではない方で、特別に(帝の)ご寵愛をお受けになる方がいた。
(宮仕えの)当初から自分こそ(帝の寵愛を受けるのだ)と気位を高く保ちなさっている方々は、(この方を)気にくわない者としてさげすみ妬みなさる。(この方と)同じ家柄、それよりも低い家柄の更衣たちは、なおさら心穏やかでない。朝夕の宮仕えに際しても、他の女性の心をもませてばかりで、その恨みを負うことが積もったせいであったろうか、(この方は)たいそう病弱になっていき、なんとなく心細そうに実家に帰りがちである様子を、(帝は)ますます飽き足りることなくいとおしいものとお思いになって、他人の非難もお気になさることがおできにならず、世間の語りぐさにもなるに違いないお扱いぶりである。
上達部や殿上人なども、筋違いにも目を背け背けして、本当に正視できないほどの更衣へのご寵愛ぶりである。中国でもこのようなことが原因で世の中が乱れてひどいことになったのだと、次第に世間でも苦々しく思い、人々の悩みの種となって、楊貴妃の例までも引き合いに出しそうになっていくので、(この方は)たいそうきまりの悪いことが多いけれども、恐れ多い(帝の)ご寵愛の比べるものがないのを頼みとしてお仕えになる。
(この方の)父の大納言は亡くなって、母である大納言の北の方(と呼ばれる方)が旧家の生まれの人で教養を備えた方であって、両親もそろい、現在のところ世間の信望が華やかな方々にもあまり劣らず、どんな儀式の場合も処置なさったけれど、これと言ってしっかりした後見人がいないので、何か特別な事があるときは、やはり頼るあてもなく、心細そうである。
前世でも、(帝とこの方の)ご宿縁が深かったのだろうか、世にまたとなく美しい玉のような皇子までお生まれになった。(帝は)はやく(皇子が見たい)と待ち遠しくお思いになって、急いで(宮中に)参内させて御覧になると、めったに見られない(ほどの美しい)皇子のご容貌である。第一の皇子は右大臣の(娘である)女御がお生みになった方で後見がしっかりしていて、疑いない皇太子であると世間でも大切にお扱い申し上げるけれど、この(弟宮の)お美しさにはお並びになるはずもなかったので、(帝の第一の皇子への思いは、公的なものとして)普通の大切になさる思いであって、このお方(弟宮)を、自分の秘蔵の子とお思いになって大事にお育てになることこの上もない。
問題演習
以下は本文の鑑賞の参考となる問題です
以下の問題は、源氏物語「桐壺」の光源氏の誕生に関するものです。問題文をよく読んで、正解を記入してください。
問題1
光源氏の母親である桐壺更衣は、どのような人物として描かれているか。
(1) 美しい容姿と優しい性格の持ち主
(2) 帝の寵愛を受け、宮中で最も権勢のある女性
(3) 帝の后になるという夢を叶えられないまま、若くして亡くなる
問題2
光源氏の誕生は、どのように描かれているか。
(1) 帝は、光源氏の誕生を心から喜んだ。
(2) 光源氏は、生まれつき美しい容姿をしていた。
(3) 光源氏の誕生は、宮中で大きな話題となった。
問題3
光源氏の誕生は、どのような意味を持つのか。
(1) 光源氏は、後に平安時代を代表する人物となる。
(2) 光源氏の誕生は、源氏物語の物語の始まりとなる。
(3) 光源氏の誕生は、帝の寵愛を受ける女性の地位を高めた。
問題4
次の部分を現代語訳しなさい。
前の世にも、御契りや深かりけむ
問題5
次の文を現代語訳しなさい。
この御にほひには並び給ふべくもあらざり ければ、おほかたのやむごとなき御思ひにて、この君をば、私物に思ほしかしづき給ふこと限りなし。
問題6
次の部分を現代語訳しなさい。
物心細げに里がちなるを、いよいよ飽かずあはれなるものに思ほして
模 範 解 答
問題1 (1)
問題2 (1), (3)
問題3 (1), (2)
問題4
前世で深いご縁があったのでしょうか、
問題5
この(弟宮の)お美しさにはお並びになるはずもなかったので、(帝の第一の皇子への思いは、公的なものとして)普通の大切になさる思いであって、このお方(弟宮)を、自分の秘蔵の子とお思いになって大事にお育てになることこの上もない。
問題6
幼くして親しみ深く、素朴な性格の桐壺更衣を、ますます愛しくお思いになって
問題1は、光源氏の母親である桐壺更衣の人物像を問う問題である。本文を読むと、桐壺更衣は美しい容姿と優しい性格の持ち主であることがわかる。また、帝の寵愛を受け、宮中で最も権勢のある女性であったこともわかる。したがって、正解は(1)である。
問題2は、光源氏の誕生を描いた部分の理解を問う問題である。本文を読むと、帝は光源氏の誕生を心から喜び、桐壺更衣の死を悼んだことがわかる。また、光源氏は生まれつき美しい容姿をしていたこともわかる。したがって、正解は(1), (3)である。
問題3は、光源氏の誕生がどのような意味を持つのかを問う問題である。光源氏は後に平安時代を代表する人物となる。また、光源氏の誕生は、源氏物語の物語の始まりとなる。したがって、正解は(1), (2)である。
- 光源氏の母である桐壺は、どのような身分の女性でしたか。選択肢から正しいものを一つ選びなさい。
- A. 女御
- B. 更衣
- C. 御息所
- D. 中宮
- 桐壺が他の女性たちから嫉妬や嫌がらせを受けた理由は何でしたか。自分の言葉で簡潔に説明しなさい。
- 光源氏が生まれたとき、帝はどのような感情を抱きましたか。原文から引用して答えなさい。
- 第一皇子の母である弘徽殿女御は、光源氏に対してどのような心境でしたか。選択肢から正しいものを一つ選びなさい。
- A. 母親として愛情を持っていた
- B. 立場上敵対していた
- C. 仲間として協力していた
- D. 競争相手として警戒していた
模 範 解 答
(1)B. 更衣
(2)それほど高貴な身分ではないにもかかわらず、帝の寵愛を一身に受けていたから。
(3)帝は「いつしかと心もとながらせ給ひて、急ぎ参らせて御覧ずるに、めづらかなる児の御容貌なり」と感じた。つまり、早く会いたいと待ち遠しく思い、見てみるとめったにないほどすばらしい容貌の子だと感じたということである。
(4)D. 競争相手として警戒していた
探求的な考察
源氏物語の「桐壺巻 光源氏の誕生」から連想される漢文として、中唐の詩人である白居易(白楽天)の「長恨歌」が挙げられます。この詩は、唐の第九代皇帝・玄宗皇帝と楊貴妃の悲恋を描いたもので、宮廷内の愛憎劇や権力闘争(安史の乱)が描かれています。光源氏の誕生と同じ様に、皇帝の寵愛を受けた女性とその子供の運命がテーマとなっています。「長恨歌」の中に「比翼連理」の元となった所があります。
在天願作比翼鳥 在地願為連理枝
天長地久有時盡 此恨綿綿無盡期
書き下し文
天に在りては願わくは比翼の鳥と作り、地に在りては願わくは連理の枝と為らん。
天長く地久しくして尽きる時有り、此の恨み綿綿として尽きる期無し。
この部分は、天にあっては比翼の鳥(雌雄が一体となって飛ぶ伝説の鳥)となり、地にあっては連理の枝(別々の木が途中でつながって一つになる木)となることを願うという、永遠の愛を誓う表現です。この詩は、楊貴妃の美しさと皇帝の愛情、そしてその愛が引き起こす悲劇を描いています。源氏物語の「桐壺巻」と同様に、宮廷内の複雑な人間関係や愛憎劇が描かれている点で共通しています。