つい笑っちゃう話を読みたい?
日本史や古典に登場する様々な有名人にスポットを当て、あんな話やこんな話をパロディにして小説化。どこかで聞いたことのあるストーリーやエピソードを楽しく分かりやすいタッチで書く。楽しく読める短編集。※無断複写、転載を禁じます。©かっちゃんねる教育
第6話 大国さま
その中年は大国さまと言った。その名前が表すように周囲は彼の存在をとてもありがたがっていた。彼が少しでも動くと周囲の人々は即座に彼に注目した。
彼が顔を上げ、周囲を見まわすときはいつも笑顔だった。しかし、周囲は彼が突然豹変して鬼のぎょうそうとなることを密かに恐れていた。
彼を大国さまと人は呼ぶ。そこには尊敬の念のほかに彼に対する皮肉も含まれていた。彼の笑顔の裏に込められた冷ややかな眼差しを誰もが恐れていた。
一流企業の管理職ともなれば、千人くらいの社員一人一人をしっかり覚えていた。それは社員にとって、とてもありがたいことではあるけれど、ときには恐ろしいことでもあった。
ある日、彼は納豆の話を始めた。周囲の人たちは手を止めて彼の話を聞いた。しかし、佐藤は会話に参加せず自分の仕事に集中していた。
「納豆の食べ方は何が一番好きですか?」
「大国さん、私はやっぱりネギ納豆です」
「いえいえ、私はキムチ納豆です。あれが一番、カラダにいいですよ」
「食べる前に五分くらいかき混ぜて白くなったらタレを入れます。あのネバネバが体にいいのでよくかき混ぜて食べたほうがいいんです」
「なるほど。みなさん、いろんな食べ方をされますね」
仕事に集中したいけれど、大国さまのご機嫌を取るため、周囲の人はそれぞれ話を合わせていた。
「佐藤さん、会話に参加してください!」
仕事に熱中して、会話を無視していた男が突然、注意された。大国さまの顔色が急に変わったのを見て、周囲の人は焦り出した。
「佐藤さん、ちゃんと会話に入って下さい!」
隣にいたいつばやしという人物から囁かれた。いつばやしによれば大国さまの機嫌をそこねるとひどい目に遭うらしい。
「あ、すみません」
佐藤は素直に謝った。そして、一言話した。
「私は関西なので納豆は食べません」
それっきり、大国さまは納豆の話をやめて、不機嫌そうに仕事を始めた。
周囲の人は、何か気まずくなって席を立った。
定年間近の、大山が場の雰囲気を和ませようとして、全体に言った。
「コーヒーを淹れましたので良かったらどうぞ」
彼の淹れるコーヒーは美味しいと評判だった。いつも彼が淹れたコーヒーはあっという間になくなった。
しかし、田舎から出てきた、佐藤にとって、この街の水はまずすぎて、飲めたものではなかった。
なのに、彼らはこの街の水で淹れたコーヒーを美味いと言って飲んでいる。佐藤は彼らの味覚は絶対おかしいと思った。
大国さまはそのコーヒーを飲みながらアイスクリームを食べている。
噂では大国さまに逆らうと誰もがすぐにクビになってしまうらしい。
しかし、佐藤は不味くて飲めないコーヒーを美味いと言えるはずがなかった。
「佐藤さん、このコーヒー最高でしょう??アイスクリームとの相性は、バッチリなんですよ。あなたも、アイスクリーム食べてみたらどうですか?」
「このコーヒー、変な匂いと味がしますよ。これを美味いというあなたたちの味覚が信じられない」
一瞬でその場にいた人たちは固まってしまった。そんな大それたことを言ったら、必ず大国さまは激怒なさるだろう。
周囲の人たちはまた一斉に席を立った。
「佐藤さん、あなたはうちの職場に合わないようですね」
「私はただ、正直な感想を言っただけですが?」
周囲の人たちは、またまた凍りついた。大国さまにあそこまで言われてしまったら、佐藤のクビは確定したようなものだ。
「佐藤さん、そこまで言うなら…私のオススメの激辛焼きそばを食べてみませんか?これを食べ切れたら、あなたが正しいと認めてあげましょう」
「カップ焼きそば?そんなの私は全然、平気ですよ」
大国さまが取り出したのは、ハバネロの三千倍の辛さという、スーパースペシャルウルトラ激辛ソース焼きそばだった。
お湯を切ってソースをいれると周囲の人はその匂いだけで咽せた。
「佐藤さん、悪いことは言いませんから早く謝ってください」
いつばやしが佐藤に耳打ちした。
「大丈夫。大丈夫。問題ありませんよ」
佐藤は焼きそばを混ぜると一気に啜った。啜った瞬間に鼻へ激辛ソースが入って、激しい痛みとくしゃみが佐藤を襲った。
くしゃみは連続で出る。口からは焼きそばが飛び出し、隣にいたいつばやしの頭に、ふりかけのようにかかった。
「うわっ!」
「もうやめて!」
周囲の人たちが止めたけれど、佐藤はムキになって、激辛焼きそばを口いっぱいに詰め込んだ。そして、再び激辛ソースが佐藤を襲うと、くしゃみが連続で出て、涙と鼻水が止まらなくなった。
部屋中に激辛ソース焼きそばの破片が飛び散った。
「さ、佐藤さん、もういいです。もうやめてください、私の負けです」
あまりのことに大国さまはついに降参して自分の負けを素直に認めた。
佐藤の目から涙が滝のように流れていた。その姿は見ていた周囲の人々の感動を呼んだ。
「私たちは佐藤さんに学ばなければならない。嫌なら嫌とはっきり言えなかった自分たちの弱さにやっと気づいた」
佐藤はニッコリ笑った。そして、もう一発大きなくしゃみをして焼きそばをそこら中に撒き散らした。
「ぎゃーーーーっ」
「ひええーーー!こっち来ないで!」
「逃げろ!」
あたりは大パニックに陥って、もはや仕事どころではなくなった。
佐藤は鼻水と涙でぐちゃぐちゃになりながら高らかに笑ってガッツポーズをした。
その瞬間、佐藤は背中を叩かれ、ハッと目を覚ました。
「佐藤さん、会議にちゃんと参加してください」
佐藤は大国さまにそう言われて、自分が居眠りしていたことに気づいた。
以下の問題に答えなさい。
①…大国さまの役職とは?
②…佐藤はなぜ、納豆を食べない?
③…大山の年齢はだいたいいくつ?
④…佐藤が食べた焼きそばの正式名称を答えよ。
⑤…佐藤はこの会社を辞めたと思うか、それとも続けたと思うか?理由をのべて、あなたの考えを説明しなさい。
さあ、あなたの聞き取りの力はどうでしょう?
一回の聞き取りで全問正解できたら、あなたはかなり注意深い人です