ママからの手紙は持ってきたか? 

 (赤い花を部屋の南に挿してみたら世界が変わった

第九話  

ママからの手紙は持ってきたか? 

花梨はLJK。彼女は合唱部に入っていた。彼女はキレイなソプラノの声と美しい顔、そして、モデルのようなスタイルで、校内で誰も知らない人がいないほどの、有名人だった。芸能人に例えれば、顔は石原さとみで、スタイルは上戸彩だった。花梨が移動教室で廊下を歩くと、すれ違う男子生徒たちはもちろん、JKたちですら振り返らない者はなかった。 

花梨のインスタのフォロワー数はおよそ2万人。彼女が笑顔で自撮りした写真をアップするとあっという間に「いいね!」が10000を超える。しかも、毎日、フォロワー数はうなぎ登りに増える一方だ。 

彼女のクラスメートたちも花梨と一緒に歩きたがった。花梨と歩いていると自分まで注目され、誇らしげな気持ちになったからだ。花梨の評判は市内の学校だけではなく、日本全国に知れ渡っていた。去年は彼女の学校に何度かファンレターが届いたくらいだ。 

そんな彼女には学校の先生たちでさえ、一目置いていた。なぜなら、彼女にはその美貌に加え、他の生徒の追随を許さない圧倒的な頭の良さがあったからだ。百人一首は全て暗記している。漢検も1級を持っている。全国模試では必ず全国二桁に入る順位だった。もちろん、どんなテストでも花梨は校内トップの成績だった。 

ある時、花梨のクラスの国語教師が和歌の授業をした。才能豊かな和泉式部の子として生まれた小式部内侍を扱った教材だった。花梨は和泉式部がとても好きだった。 

「大江山、生野の道の、遠ければ まだふみもみず 天橋立」 

国語教師は朗々と和歌を詠んだ。花梨はその国語教師の優しい笑顔に、亡き父の面影を見ていた。花梨の父親は生きていれば今年、50歳になる。その国語教師は、亡き父と同じ年齢だった。国語教師はふいに花梨に向かってこう言った。 

「花梨、和泉式部について説明してくれないか?」 

「はい、『源氏物語』の作者である紫式部は、和泉式部について素行は良くないけど、歌は素晴らしいと評価しています。とても恋多き女性でした」 

「さすがだ、花梨。みんな、拍手!」 

周りに居た生徒たちは一斉に拍手した。その時、隣にいた栄子は花梨の手に紙切れがあるのを見逃さなかった。栄子はとっさにそれが和泉式部を調べたメモだと気づいた。栄子は見てはいけないものを見てしまったような気がして目を伏せた。その様子に気づいた国語教師はえいこに声を掛けた。 

「栄子、どうした?」 

「あ、いえ…な(なんでもありません」 

「お腹の具合が悪いなら、今すぐトイレに行ってこい」 

「えっ?」 

国語教師がそう言ったとたん、教室中が笑い声に包まれた。栄子は顔から火が出るほど恥ずかしかった。結局、栄子は授業が終わるまでずっと下を向いていた。 

栄子はなぜ、自分がこんなに恥ずかしい思いをしなければならなかったのか、と帰り道ずっと考えていた。セブンイレブンに立ち寄った時、そこに花梨がいた。お母さんと待ち合わせをしているらしい。栄子は花梨に見つからないように、さっとトイレに駆け込んだ。少し経ってから入口の戸を開けて、店内の様子を探ってみると、花梨を迎えに来た、母親らしい人物が見えた。 

「えっ?あれって…花梨のお姉ちゃん?でも、お姉ちゃんなんていたかな?」 

花梨の隣にいる女性はとても若く見えた。とっても花梨のママには見えない。30歳を過ぎたくらい、もしかしたら20代かも知れない。 

「ママ、早くしないと塾に遅れちゃう」 

「あら、大変!」 

「ママ」…確かに花梨はそう呼んだ。栄子は自分の母親と比べてみた。栄子の母親はもうすぐ50歳になる。でも、花梨のママと全く違って、もお、おばあちゃんと呼んでもいいくらいの容貌だった。 

「ママがあんなに若いはずないわ…まさか、花梨のママって。後妻?」 

二人が出て行ったのを見て、栄子も店を出た。さっきから、小雨がぱらついていた。栄子は傘を持っていなかったので、しかたなく、とぼとぼと歩いて家へ帰った。戻った時には栄子はずぶ濡れになっていた。 

「お帰り。大変だったわね。早くお風呂に入りなさい」 

「うん」 

栄子は母の顔をじっと見つめた。どう見ても自分の母親が花梨のママと近い年齢には思えなかった。やはり、花梨のママは本当のママじゃないんだ。私は一日で花梨の秘密を二つも知ってしまった。これをみんなに話したら花梨はどうなるんだろう? 

翌朝、教室に入ると花梨が笑顔で話しかけてきた。 

「栄子、昨日、セブンにいたよね?」 

「えっ?なんで分かったの?」 

「えへへ」 

「あのさ…花梨。私、昨日、見ちゃったんだよね」 

「え?何を?」 

「授業の時にメモを持っていたでしょ?あと、あなたのママ…」 

「メモ?ああ…あれね。昨日、国語教師から渡されたやつ」 

「え?なに?どういうこと?」 

「なんかね、私のママに用事があるので携帯番号を教えてほしいんだって」 

「どういうこと?」 

「わかんないわ。でも、うちのママってあのトシでめっちゃ若く見えるでしょ。だから男の人にモテるんだよね」 

「えー?あの人って本当のママなの?後妻さんじゃないの?」 

「後妻?まさか!今年で50になるBBAだよ」 

「50って、うちのお母さんと同じトシじゃん、そんな不公平な事ってあるのかな」 

「何言ってるの。近くで見たことないでしょ?めっちゃ整形してるから、もう大変なことになってるんだから。化粧落としたら、私だって誰だかまったく分からないわ」 

「国語教師はそのこと知ってるの?」 

「まさか!うふふ、あなたと同じよ。後妻だって勘違いしてるわ」 

「え?年齢詐称?」 

「アイドルだって年齢ごまかしてるじゃない?」 

「花梨、あなたたち親子ってめっちゃ悪魔だわ」 

そこへ国語教師が入ってきた。そして、花梨を見るなりこういった。 

「ママからの手紙は持ってきたか?」 

「はい、先生」 

そう言って花梨は封筒に入った手紙を手渡した。国語教師はそれを受け取ると、満面の笑顔で教室から出て行った。 

「ねえ、花梨。あなた、何を渡したの?」 

「えっ?もちろん、ママからの手紙よ。校長先生に、『先生からしつこく言い寄られて困ってますって昨日、電話した』って書かれてあったわ」 

「あなたたち親子ってやっぱ悪魔だわ」 

「ありがとう、最高の褒め言葉だわ」 

二人は大声で笑って体育館へ走って行った。 

以下の問題に答えなさい。 

① 花梨のツイッターのフォロワー数は何人? 

② 花梨が好きな女性歌人を漢字で答えなさい 

③ はじめ、栄子は教室で花梨が持っていた紙切れに、何が書かれていると思ったのか? 

④ 「後妻」の意味を答えなさい 

⑤ 花梨の母親からきた手紙に書いてあったことを説明しなさい 

問題の答え

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