そんなことをさせていいんですか?

 (失われた七つの勾玉 前編 失われた七つの勾玉 後編

 (赤い花を部屋の南に挿してみたら世界が変わった

つい笑っちゃう話を読みたい?

身近にある出来事にスポットを当て、あんな話やこんな話をパロディにして小説化。どこかで聞いたことのあるストーリーやエピソードを楽しく分かりやすいタッチで書く。楽しく読める短編集。

(ちなみにこのページはグーグル読み上げ機能を使って、聞き取りをさせ、内容を書き留める学習用に編集しています。手順はグーグル読み上げ機能を有効にした後にこのページを生徒たちに聞かせて、書き取りさせます。このページを聞き取り学習のきっかけに使用していただけたらと思います)

※無断複写、転載を禁じます。©かっちゃんねる教育

そんなことをさせていいんですか?YouTube

美知子は教師になって今年で35年になる。今まで必死で頑張ってきた。いつも自分が誰かに後ろ指を指されないように、他人の目をずっと気にして生きてきた。教師というのはその職業柄、いつも誰かに注目されている。それは生徒だったり、同僚だったり、保護者だったり。とにかく四六時中、気を張って生きている。

美知子が教師になったのは昭和天皇が崩御する3年ほど前、22歳のことだった。二年たってようやく仕事に慣れてきたころ、テレビでは連日、昭和天皇のご体調を報じるニュースが流れていた。その頃の話だ。美知子はまだ駆け出しで年増のオバサンにたびたび難癖をつけられていた。若い美知子はそれだけで目立ち、オバサンのターゲットになっていた。決して美人ではない美知子は、卑屈な感じのする、イジメられやすいタイプだったのだ。

「あなたはいったい大学で何を習ってきたの?このプリント!こんな漢字も書けないでよく教師になれたものね。あなた、かなり頭悪いわね。いったいどこの大学を出たの?まったく困ったものだわ…」
「ごめんなさい。あの…先生、次の授業の準備したら直しますので、それでいいでしょうか?」
「えっ?あなたは何を言ってるの?今すぐこのプリントの誤字をなおして、生徒全員分を印刷して!私の次の授業まで30分もないのよ?分かる?あなたのおかげでみんなが迷惑してるの!」
「すみません。でも、30分じゃ…ムリです」
「あなた、採用されて二年経ったらずいぶん生意気な口をきくようになったわね。ほかの先生もあなたの作ったプリントのせいで、生徒の前で大恥かいたのよ!この責任はあなた以外のだれにあるの?」
「ご、ごめんなさい!い、急いで作り直します。だから、許してください」

そこへ、美知子の同期の高柳伸吾が通りかかった。オバサン教師は彼を見るなり急に声色を変えて話しかけた。

「あらあ、伸吾先生!今日もかわいいわねえ。昨日、おいしいコーヒーを買ってきたのよ。あとで一緒に飲みましょうね。うふふ」

美知子は背筋に寒気を感じながら、深々と頭を下げて、二階の準備室へ向かった。階段を上りながら、悔しさとモヤモヤしたものが彼女の胸を圧迫して、大粒の涙があふれてきた。途中、すれ違った先生が驚いて声をかけたが、美知子は反応すらできなかった。

「なぜ?なぜ、私だけがこんな目に遭うの?伸吾先生だって、この前大きなミスをしたじゃない…。なのに、なんであのオバサンは彼にだけあんな、えこひいきするの?私が何をしたって言うの?たかが、1カ所の漢字を間違えただけじゃないの…それなのに…私ばかりを目のカタキにして」

考えれば考えるほど美知子は悔しくなった。もう、何も手に着かない。あと25分でワープロを立ち上げて修正し、それから輪転機でプリントを240人分印刷するなんて、絶対に無理だ。美知子はその場に座り込んで泣き出した。そこへ教務主任の遠藤がやってきた。美知子が真っ赤な目から滝のように涙を流し、鼻水を長く垂らしたまま半狂乱になって、大声を上げているのを見て、遠藤は驚いた。

「み、美知子先生…どうしました?大丈夫ですか?」
「…もう、わたしダメです」
「泣いてちゃ分からないよ。理由を話してください」
「わたし、わたし…わたしが何をしたって言うの?」

美知子はそれまでずっと我慢していた感情が一気に吹き出した。これまであのオバサン先生にされてきたことを最初から全部、話し始めた。その勢いは聞いていた遠藤を圧倒した。美知子の話は最初から最後までヒステリックな調子で延々と続いた。初めは同情して聞いていた遠藤も、10分、20分と美知子の話を聞くうちにだんだんと聞くのが嫌になってきた。美知子の話はひとくぎり着く時にかならず「わたしが何をしたって言うの?」という言葉で終わる。それが何度も繰り返されたのだ。

「落ち着いて。落ち着いてください。美知子先生、とにかく保健室にでも行って気持ちを静めましょう」
「遠藤先生、保健室なんか行ったら、生徒に私のこの無様な姿を見られてしまうじゃないですか?先生まで私に恥をかかせるつもりですか?」
「あ、いやいや、そんなつもりで言ったんじゃない」
「もう、本当にいい加減にして!わたしが何をしたって言うの?」

自分の手に負えないと感じた遠藤は準備室から教頭に電話をした。すぐに教頭がやってきた。美知子を見るなり、教頭は困った顔になって遠藤に目配せした。遠藤は準備室を走って出て行った。

「美知子先生、落ち着いて。何があったか、私に話してください。私は管理職です。あなたのことを守る義務がありますので」
「きょ、教頭先生っ!お願いです、助けてください」

いきなり、美知子は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったその顔を、教頭の胸に押しつけながら抱きついた。とっさに教頭は逃げようとしたが、美知子のあまりの素早さにかわすことはできなかった。しかたなく、教頭は美知子が落ち着くまでそのままでいることにした。そこへ、校長を呼びに行った遠藤が戻って来た。二人を見るなり、遠藤は絶句して背中を向けた。

「あ、遠藤先生、違うんです。これは美知子先生が勝手にしがみついてきたんです」
「私は見なかったことにします…」
「いや、だから違うんです」
「教頭先生…私を助けてください。わたしが何をしたって言うの?私は悪くない」

そこへ校長が駆けつけた。抱き合っている二人を目の当たりにして、校長の顔面は蒼白になった。

「教頭先生!あなたは教育者として恥ずかしくないのか?」
「いや、校長先生、それは誤解です。美知子先生が勝手に…」
「言い訳無用。あなたの処分は教育委員会が決めるでしょう」
「何ですって?校長、あなたは私が信じられないんですか?」
「遠藤先生、このことは誰にも言っちゃいけませんよ。言えばあなたの将来も保証できなくなりますよ」
「こ、校長先生。も、もちろんです。信じてください」

教頭は呆然としていた。これでこれまでの努力は水の泡になってしまった。出世の夢もいっぺんにどこかへ消え去った。瞬時に家族のことが頭に浮かんだ。目の前が真っ暗になって意識が朦朧とした。

その時、チャイムが鳴った。そこへオバサン先生がやって来た。準備室で抱き合っている二人を見て、オバサン先生は目を丸くして、こう言った。

「校長先生、学校でそんなことをさせていいんですか?」
「え?大庭先生には何か見えるんですか?幻覚でも見てるんじゃありませんか?」
「誤魔化そうとしてもムダですよ。私も伸吾先生に抱きつきたいわあ」
「大庭先生、いったい何を言い出すんですか?この学校はみんなおかしい…」

次の年、教頭は降格になって、田舎の学校に飛ばされた。風の噂で奥さんにも愛想を尽かされ、自主退職したと聞いた。その五年後、遠藤は校長になって先生たちに毎日、目を光らせていたそうだ。その学校は監獄と呼ばれて不人気ナンバーワンの学校となったらしい。

あれから30年、美知子は今でも元気に教師をしている。生徒たちからもとても人気がある。ほかの先生たちの目を盗んで、テスト直前にはテストに出る問題の答えを教えるからだ。でも、ほかに美知子より優秀な教師を見つけると、生徒たちから自分の信頼をなくすと感じ、いつも校長室を急襲する。

ある年、美知子は新任の校長に、自分の人気を守るため、いつものように告げ口を言いに行った。

「校長先生、小川先生がテスト前に生徒たちに問題の答えを教えています。そんなことをさせていいんですか?」
「そうですか。この学校にはそういう先生が美知子先生以外にもいるんですね。そういえば、先生はだいぶ前に、教頭だった先生を退職に追い込んだことがありますよね?」
「え?いったいなんの話ですか?そ、そんな昔の話。だいたい、その人は自主退職したんですよ!私は人を陥れたりしません」
「そうですか…その時の教頭は私の父親なんです」
「えっ、まさかそんな…」

美知子は二度と校長に告げ口することはなかった。校長が仕返しして来たらどうしようと心配したが、結局なにも起こらなかった。

公務員である美知子は法を犯さない限り、解雇されることはない。すでに美知子は定年退職まで残り一年になっている。しかし、悲しいことに、そんなベテランの彼女を慕う人は全くいない。ある日、鏡に映った自分の姿を見て誰かに似てると感じたが、今の美知子にはそれが若い頃、自分を目のカタキにした、オバさんだと気づくことはできなかった。

以下の設問に答えなさい。 

一、美知子が教師になったのは昭和天皇が崩御する何年前か? 

二、美知子をいじめていたおばさん先生の名前を答えなさい。 

三、若い頃の美知子の容貌や雰囲気を、本文に書いてある通りに説明しなさい。 

四、美知子を助けようとしたきょうとう先生はどこで対応を間違えたのか?その場面で自分ならどうするか、説明しなさい。 

五、年老いた美知子はどんな教師になったか?できるだけ詳しく説明しなさい。 

上の設問の答え

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