本文と朗読
栄美は高校の放送部に入った。中学生の時はいわゆるコミュ障で友達もいなかった。高校では自分を変えたいと思い、人前で話すことの多い放送部を選んだのだ。
「思い切ったことをしちゃったなあ。大丈夫かな…わたし」
栄美は不安な気持ちを抑えられないまま、放送部室(放送室)に足を踏み入れた。中は思ったより広い。そして、遮音されていてとても静かだった。マイクの置かれた放送機器の前にぼんやりと立っていると先輩が入ってきた。
「こんにちは。3の4の遠藤杠葉です。よろしくね」
「え、あ、私は1の4の刑部栄美です」
「おさかべさん?珍しい名前ね」
「ゆずりは先輩もあまり聞いたことがない名前ですね」
「え?あ、ああ、よく言われるわ…アハハ」
杠葉は一年生のくせにと苦笑いした。そこへ顧問の伸介先生が入ってきた。
「先生、新入部員がひとり入りました。これで安心ですね」
「おお、よく入ってくれたね。これで部が存続できる」
顧問の伸介先生は喜んで杠葉とハイタッチしていた。ここの部活っていったいどんなことになっているんだろう?まさか廃部の危機?私はそんなところに入ってしまったの?どうしよう?すぐに退部するわけには行かなくなってしまった。
「あの、先輩、ほかに部員はいないんですか?」
「え?ああ、もう一人いるわ。でも、いつ来るかな?誰も彼の居場所が分かってないから」
栄美は「ヤバい部活」に入ってしまったと思った。そこに顧問の伸介先生が追い打ちをかけるようにこんな話をした。
「今年はコンクール地区大会を突破して上位大会進出を目指すぞ。アナウンス部門は強敵が多いからラジオ番組とかビデオ番組部門で行こう!」
「先生、私も部長として今年は頑張ります!」
「杠葉先輩って部長だったんですか?」
栄美は驚いたように言ったあとで、部員が各学年一名しかいないんだし、当然よねと思って下を向いた。杠葉は明るく笑って「そうよ」と胸を張った。
「そうそう、今年、新しく来た先生がYouTuberで動画編集に詳しいみたい」
伸介先生がそう言った。新しい先生がYouTuber?栄美は少し驚いた。でも、関西の数学の先生の動画がバズっていたのを知っていたので、すぐに「ああ、あんな感じかな」と想像した。すぐに杠葉が尋ねた。
「その先生って何を教えるんですか?」
「国語って言ってたかな。でも、僕よりずっと年上なんだ」
「おじさん?おばさん?どっちですか?」
「おじさん…だなあ?それ以上は僕の口からは言えない。ハハハ」
それから数日過ぎて、コンクール地区大会が迫って来たある日、杠葉は伸介先生と職員室で言い合っていた。放送コンクールに出す番組の内容がお互いに納得できなかったのだ。杠葉は自分が考えたシナリオで作りたいと訴えていたが、伸介先生がなかなかOKを出さないのだ。諦めて部室に戻ると珍しく和磨が来ていた。
「まあ、いいんじゃない?どうせ、入賞なんてできないんだし」
「かずまろ、あんたねえ、たまに部活に来て、えらそうなこと言わないで!」
ほとんど幽霊部員の和磨が他人事のように話すのが杠葉は気に入らなかった。和磨はたまに部室に顔を出す唯一の男子部員なのだ。放送部としては貴重な人材なのだが、全く当てにならなくて杠葉はいつも面白くなく思っていた。まして、今はコンクールも近く焦りもああって、和磨の一挙一動が杠葉の神経を逆なでした。和磨はいつものように下手なフィギュアスケート選手みたいにグルグル回りながら、聞いたことのない歌を歌っている。「こいつ、ガチで邪魔だわ!」杠葉はそう思いながら和磨をにらんだ。
「ねえ、アナウンス朗読はもう録音したの?」
「あ、昨日、先生に提出しました」
「それじゃ、もう用はないでしょう?」
「ああ、それって早く帰れってこと?」
「そうよ!」
和磨には腹芸は通じない。いつもストレートに言わないと。和磨はようやく理解して部室を出て行った。そこで、栄美が杠葉に話しかけた。
「先輩、ラストどうします?また、伸介先生にダメ出しされますよ」
「もぉ、これでいいじゃん!レイは亡くなったミミのことをずっと大事に思ってるって、見る人に絶対、伝わるはずよ!そうでしょ?」
「は、はい。私もそう思います」
「亡くなったミミが霊魂となって、レイに寄り添って彼女のピンチを救うのよ」
「めっちゃ、ロマンチックです」
そこへYouTuberの先生が姿を現した。その先生は手にチョコレートを持っていた。二人にそのチョコレートを渡すと「どうしました?」と尋ねた。
「なんか、伸介先生が私の考えた番組のシナリオが納得できないらしくて…」
「そうなんですね。どんなシナリオですか?」
杠葉は自分の考えたシナリオを説明し、伸介先生が納得いかないラストについて詳しく説明した。新しく来た先生はしばらく黙ったまま話を聞いていたが、杠葉の説明が終わるとこんなことを言った。
「問題は…最後だね。ミミが霊魂で出てくるのはいいと思うよ。でも、私なら…」
「先生なら?どうするんですか?」
「うん、ミミにね、もう私のことは忘れていいよって言わせるね」
「えっ?それって…」
「自分のことはもう忘れて新しい友達を作って、って」
「……」
先生はそのまま出て行った。杠葉たちはお互いに見つめ合ってしばらく黙ったままでいた。
「第45回放送コンクール地区大会のビデオ番組部門、最優秀は西町高校放送部です」
杠葉たちがビデオ番組部門で最優秀を取ったのはそれから二週間後のことだった。発表された時、伸介先生と放送部員たちは手を取り合って喜んだ。そして、それから二ヶ月後に行われた上位の大会でも、なんと最優秀賞を獲得したのだ。それは西町高校放送部にとって、創部以来、初の出来事で、校長も喜色満面だった。
新しい春が来た。杠葉は高校を卒業して、大学へ進学した。そして、栄美は二年生になった。
「杠葉先輩が卒業したら、私が部長になることになっちゃった…新入部員はいるかなあ」
「栄美先輩、私たち放送部に入りたいです」
「え?あなたたちは?」
「1年のここみと夕陽です」
「ホントに?ありがとう」
「新聞で最優秀賞取ったって見ました。先輩、ボクたちにいろんなこと教えてください!」
「う、うれしい」
もしかすると、私は変われるかも知れない、栄美は少しずつ自分が誰かに必要とされていることを感じ始めていた。
渡邊克也 作「西町高校放送部β」※無断転載を禁じます
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問 題
- 栄美が高校の放送部に入る理由は何か?
- 放送部室に足を踏み入れた栄美が感じたことはどんなことか?
- なぜ顧問の伸介先生は新入部員を歓迎したか?
- 今年の放送部の目標を具体的に説明せよ。
- YouTuberの先生は杠葉と栄美に何を伝えたかったのか?
答 え
- 中学生時代に友達がいなかった栄美は高校で人前で話すことの多い放送部に入り自分を変えたいと思ったから。
- 放送部室は広くて静かで、栄美は不安な気持ちを抑えられなかった。
- 顧問の伸介先生は新入部員が入ったことで放送部が存続できると思ったから。
- アナウンス部門ではなく、ラジオ番組やビデオ番組部門でコンクール地区大会を突破して上位大会進出を目指すこと。
- 友達の側にいてあげることだけが優しさではなく、離れて見守る優しさもあるということを伝えたかった。
探究的な考察
以下は先生、さやか、ふうかの会話です。①~⑤に入る語句を下から選んでみよう。
ふうか: 「この小説、すごく感動的だったよね。栄美が自分を変えようと放送部に入るところから始まって、最終的には部長になるまでの成長が描かれていて…」
さやか: 「そうだね、栄美が最初は不安そうに部室に入るシーンが印象的だったわ。でも、その後の彼女の成長が見られて、本当に良かったわ。」
先生: 「私も同感です。特に、栄美が( ① )になったことは自分を変えるための( ② )が報われたからだと思います。そして、彼女が新入部員を迎えるシーンは彼女がリーダーとしての自信を持てるようになることを暗示してますね。」
ふうか: 「そうですね。そして、杠葉先輩の存在も大きかったと思います。彼女が部長として頑張る姿を見て、栄美も自分に( ③ )を持つことができたんじゃないでしょうか。」
さやか: 「確かに、杠葉先輩の存在が大きかったね。彼女が部長としてどのように部を引っ張っていくのか、その姿を見て、栄美も学んだんだと思うわ。」
先生: 「確かにね。そして、YouTuberの先生のアドバイスをしっかり考えて最優秀賞を取ったのが彼女たちの努力が報われた結果だと思います。この小説は、自分を変えるための努力と、その結果が報われる( ④ )を描いていて、とても面白いですね。」
ふうか: 「そうですよね、でも、最後の最後で栄美が部長になったとき、新入部員が二人も入ってきたのに、彼女が驚いて『え?あなたたちは?』って聞いたのが不思議でした。」
さやか: 「あはは、そうだね。自分が部長になるとは思ってなかったから、新入部員が来た時にすぐに分からなかったんだわ。」
先生: 「きっとそうですね。でも、それも彼女の( ⑤ )の一部だと思いますよ。思いがけない出会いに驚くこともありますが、それを乗り越えていくことが大切ですから。」
ふうか: 「でも、一番驚いたのは、新入部員が二人とも男子だったことだよね!」
さやか: 「え~、本当に?!それは気づかなかったわ!」
先生: 「ええ?ちょっと待って!ふうかさん!この小説をしっかり読みましょうね」
ア 自信 イ 部長 ウ 喜び エ 努力 オ 成長
答 え
- イ
- エ
- ア
- オ
- ウ